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よく晴れていたので 部屋の隅に布団を敷き 鎧戸を締めて寝ていた 寝ているときも含めて12時間なにも食べないのをプチ断食と呼ぶらしい 昨夜はすっかり吐いたあとで12時間以上寝たし 普段から週末はよく寝ているのだった 効果があるのかどうかは知らない ただ 本当に胃になにも入っていないと実感出来るときもあって そういうときは白湯が美味しい

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初めて爪を真っ赤に塗った日 ママは「まだ早すぎる」と言い それから何年かして塗ったら「もっと若いひとの塗る色だ」と言った この非の打ち所がない矛盾 或いは真っ赤な爪が最高に適したほんのわずかな一瞬を見逃した事実に対して わたしは「似合ってるんだから問題はない」と答えた 実際のところ悪くなかった ただ剥がれると目立つのであまり塗らないようになったけど ある意味間違ってはなかった

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「性交をしていると段々自分の身体がサカナになってゆくような気がする 光が届かない深い奥底は 暗く冷たく でもそれがとても気持ち良くて もっともっと泳いでいたくなる 息継ぎは接吻 わたしはサカナになるから 息継ぎをしなくても呼吸が出来るはずなのだけど まだ今は駄目 鱗もはえていないし ひとり満足に泳ぐことも出来ない そうあなた無しでは」

 

聞こえますか わたしの潮が満ちて そのなかであなたが熱くなった櫂を漕いでいる音が 聞こえますか まだ人間の形を憶えているわたしの口から吐き出される言葉が 聞こえますか ふたりのまわりに押し寄せてくる漣の音が 聞こえますか

聞こえますか

 

 

 

生殖を目的としない性交の罪深さを母親は淡々と話し わたしは何度か鞭で打たれたあと鍵のついた納屋のなかへ押し込められた 眼を閉じればサカナになったあのひとが砂浜に放った精液の白さだけが正しく残され あとはすべて波にのまれ打ち流されてゆく 腐敗した肉体はやがて骨になり いつかは砕かれて砂になるだろう その日はしかし あまりにも遠く 愛は永遠の彼方で息も出来ない

761

かつて好きだったひとからのメールに添付された一枚の画像は 彼女の名前が記されたエコー写真で 既に明確な線で現れている胎児の姿は自然の神秘そのものだった なんと素晴らしいことだろう 彼女が母親になるということは!

「まだ男か女かわからないの」と彼女は続けた わたしは「どちらでも可愛いよ」と答えた

健やかな可愛い子供が産まれますように

 

"Je t'adore, un amour de M !"

760

山際の村の夕暮れは早くて 寂しい そのぶん朝が早いというわけでもないのに 通り雨で濡れた甍の波が 波というよりは鱗のように煌めいている ところどころに梅が咲いている 真っ直ぐに枝を伸ばしているのが好きだ 去年の柿は畑の隅で鈴なりのまま褪せてゆく 干して吊るすのをもう誰もしなくなって久しい

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快速電車に乗ると 既に三人組の少年がボックス席に座り 菓子パンとコーラを食べながら楽しそうに話をしている おそらくまだ中学校の卒業式を終えたばかりの年頃だろう わたしは彼らと同じボックス席の通路側に座った ひとりが窓側へ詰めて座ってくれたからだ

恐らく彼らは朝一番の列車で かなり東の方から来たのだろう 言葉のイントネーションが標準語のようでいて微妙に違う それはわたしにとって 好ましい発音だった 声変わりというのが何歳頃 の間にあるのか知らないが 彼らはまだ明らかにとても若かった 若く見えるのではなく 話し方や振舞いもほんとうに若かった 三人組のうち ひとりは窓から見える景色すべてを口にして説明しなければ気が済まないのか 延々としゃべり続け 二人はそれに相槌を打ったり 景色ではなく自分の家族の話なんかをしていた 学校やガールフレンドの話は誰もしなかった 本当にいなかったからかもしれないけれど なんとなく三人組の旅行中においては自然なことだと感じられた

 

水色の切符を握りしめた彼らが 恐らくそれほどお金も持たず 春休みに三人だけで旅を楽しんでいるのは実に素晴らしいことだ 旅というよりもそれは冒険なのだと思う 彼らの冒険が佳き想い出になり いつの日か鮮やかに蘇らんことを!

 

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雨の匂い それももう 春の雨の匂い

 

百貨店の封緘が付いた包みをもらった 明日は休みでいないから と そのひとは言った 家に帰って開けると とても感じの良いドラジェブルーのタオルハンカチが入っていた 大抵色に迷ったらピンクを選ぶけど もしも彼がブルーを選んでくれたのだとしたら それは嬉しいことだと思う ライラックや カナリーイエローではなく 白砂糖を混ぜた甘いブルーをわたしに選んでくれたことのだとすれば ほんとうに素敵なことだ

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お使いに出て饅頭を買った ひとつふたつは小さくて荷物にもならないが 50個となると やたらと重い 前に外郎を買ったときもかなり大変だった 自分で持てないほど沢山買ってはいけないというのは当然のことだが お使いとなればそうもいかないのだった