2017-08-02 900 Wirklichkeit 集めてはいけない秘密を墓場までもってゆく季節 入道雲も鳳仙花も蝉時雨もない不夜城で過ごす あなたの指がわたしの内臓を擦る音と 荒くなる呼吸の音だけがやけに大きく響く 磨り減って行くのは冷たくなった心で それ以外なにもない
2017-08-01 899 Fiktion キャッチャーになりたかった ライ麦畑であの子を抱き止めることが出来たらよかった ハンドバッグの底からひしゃげたチキンサンド コンビニの袋に入ったままで くすんだ黄色のハニー・マスタードソースがはみ出してる それはこの夏とても流行している少し長めのスカートの色に似ている
2017-07-31 898 Fiktion 書かれなかった言葉だけを集めたことする 見なかったことにした現実 聞かなかったことにした秘密 言わなかったことにした告白 愛さなかったことにして肉体を貪り喰らうのが正しい世界で 虚構は崇高な言葉として 人々の心を震わせ 涙を誘う美しい物語となる 理想としての悲劇 自分以外の誰かが愛に溺れて死ぬ夢 墜落しても 爆発しても 死なない英雄の冒険が好きなのに
2017-07-30 897 Fiktion 過ぎていった日々の匂いは 届いて一番にひらく新聞紙のインキ 洗剤と糠床が混じった井戸端 燕脂と白と黄色の小菊 水に浸かったその茎のぬめり 麦酒または日本酒 焦げた肉と玉蜀黍 藻が増え過ぎた金魚鉢 汗は最も身近であるのにあまり思い出さない
2017-07-29 896 Fiktion 髪を切った 恐らく誰も気付かないだろう それでも維持することは容易ではないのだ 美しいまま保つということ 庭の植木と同じこと あのひとはわたしの髪を指ですくので 滑らかにしておかなければならない 別に絡まったっていいけど あのひとに撫ぜてもらいたいので 健やかでありたいと思う
2017-07-28 895 Fiktion あまりに広い空の青さから流れるようにして 泉に潜った灼熱の街で なにも失うものが無かった 誰に必要とされることもなく ただいたずらに 責任を必要としない自由のなかに生きていた あの心細さ 未来を描くことすら出来ない空腹 砂の城を築くには水が要る 燃えるような太陽の陽射し 行先ももたず 帰る場所もないという自由 なんという地獄
2017-07-27 894 Fiktion 海岸沿いを裸足で歩きたい 湖や川ではなく 潮風の吹きつける海でなくてはならない 対岸が見えない場所を求めている 陽が沈み 蒼さが世界を包み込む時間を過ごしたい 息を止めて 水のなかで眼を開けるように
2017-07-26 893 Fiktion 緩やかに溶けていった氷砂糖のようにソリッドな夢は 三日月よりも鋭くて甘い 7月 望めばなんでも手に入る 夏の魔法をかけたから 禁じられた愛すらも まやかしのひとときならば オレンジ色の鞄を持って 街に出かけよう 薄荷のキャンディを舐めながらハイウェイを ロードスターで駆け抜けてゆける どこまでも いつまでも 夜が醒めるまで
2017-07-25 892 Fiktion 穏やかな眼差しが獣の眼光を放つと 眩しさのあまりわたしは眼を閉じてしまう 柔らかな頬 滑らかな皮膚 そのしたで動く筋肉 あのひとはわたしの神さまと瓜二つで でも少しも似ていない アルカリと酸 北極と南極 砂糖と塩 そう本当に少しも似ていない 鋭い眼差しが わたしの心を撃ち抜くことだけが変わらなくて 苦しい
2017-07-24 891 Fiktion 対岸では河床の下に備えられた電撃殺虫器が 等間隔に青白い光を放ちながら ばちばちと音を立てている 通りすぎてゆく自転車の前照灯が時おり辺りを照らすだけの暗闇 岸辺の草むらのなかでわたしたちは眠る まるで死んだように眠る サイレン わたしたちはほとんど死んでいる 夜風はとおくの山の雨で冷えたのか 火照る肌のうえをやさしく滑ってゆく そのことをまだ誰にも話してはいない