遠い空に残っている積乱雲の白さが 夕陽で赤く染まり ほんの少し秋色になっている 田畑はもう豊穣のとき 農夫たちは健やかに育った稲穂を刈り取りにゆく かつてからここいらは やはり穀倉地帯であった 肥沃な土地であったのだろう 変わらずに人々が暮らし続けているのだから
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ほんの少し生きやすくなるために自分を殺す 清流を流されるのは気持ちいい 行く先さえ定めてあれば ときには流れてゆくのも悪くないから 楽にして
「あの時死ねばよかった」と考えたことのあるひとですら 今まさに死にそうなひとに「もっと頑張れ」と言う 恐らく悪意もなにもない それは単なる想像力の欠如によるもので 他人の痛みは理解し難いものであるからだ そのことでどうか傷つかないでほしい 大抵のひとは忘れていってしまうし 逃げたことでとやかく言われる筋合いなんかないのだ 「あの時おまえが逃げたから」と罵られたなら「おかげで生き延びました」と続けたらいい 逃げ損ねて死んだひとのこともどうせ忘れてしまうんだから
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満月が近づいている 光が明るさを増すたびに眠気は酷くなり 温かな泥濘にはまるように眠気は激しくなる それは春の湿地帯で まだ虫はいない 花の香りはほんの少しだけ漂うような世界 誰も知らない場所に
初潮のあったときのことをわたしはよく憶えていて それは喜びではなく 屈辱であった 馬鹿な子供であったために 下着を汚したその赤黒い大量の血液が何を意味するかわからなかったのだ このことは仕事から帰宅した母を大いに失望させた わたしは下腹部の痛みと 身体の変化に対する恐怖に泣いた 自分の身体が女であることを思い知らされたのだ 10歳のとき というのが 早かったのか遅かったのかわからないけれど 教育は済まされていたはずだった 適切であったかどうかは別にして
泣きながら洗面所を占領していた私を引っ張り出した母は うんざりした顔で生理用品の使い方を伝え 下着の洗い方 血液が落ちなくなるから水を使うことや どの漂白剤に漬けるかを指導した 赤飯は次の日の夕餉の食卓に並んだ
未だに赤飯を見るたびにその夜のことが思い出される そしてその苦痛は未だに続いているのだった
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バレエシューズはもう何足か買ったことがあり 何足か踵が擦り切れるまで履いてつぶした もちろん踊るためのものではく フラットシューズとしてのそれである 仏蘭西の有名なブランドではバレリーナシューズの名前で売られているが そうでなくても履いてもちろん構わない そしてダンサーに憧れはしたものの そのような機会にも肉体にも恵まれることはなかった
サブリナ・パンツを履いても 髪を短く切っても どれだけウエストを細く絞っても オードリー・ヘプバーンにはなれない バレリーナシューズを履いてもプリマ・ドンナにはなれない でもそんなことはどうだっていいわけで ただ 走りやすくて可愛らしい ぴかぴか光るエナメルのフラットシューズ 甲の部分についたちいさなリボンが好きなだけ だけど甲の薄いわたしの足には合わない すぐに脱げてしまうから