爪を切りながら もう長いこと色を塗っていないことに気づいた 料理をするようになってからだった それまでは大して気にもしていなかった
足の爪は何年も紅く染めるのが常だったけれど それもやめてしまった 最後に塗ったのは夏祭りの前だったと思う いや それも定かではないのだけど
見慣れた景色と頭痛 きっと目を閉じたままでも歩いて帰れる
全力疾走したときの胸の苦しさ 鼻の頭が痛む冷えた空気 大した距離でもないのに息が切れて 全然知らないひとが起こした事故のせいで なんとなくサボる言い訳が出来なくなった し そうする理由もなくなった 悪くないよ
「いつか 授業にもう間に合わない時間に起きてね 学校に行くの好きじゃなかったし 仕方ないから街を歩いてたときに偶然見つかっちゃったんだけど そう 保護者代わりのあのおばあちゃんにね でも彼女少しも怒らなかったんだ 元気?雪がたくさん降ったわねぇって 学校のはなしとか一切しなくて それでわたし次の日からはちゃんと起きるようにしたんだけどね」
薄暗くなりつつある部屋 日没の刻が近い けれども曇りでは知らぬ間に夜が来ている 吐く息は白くただよい 指先は赤くかじかむ
少し厚めのタイツで頸を括って締めると むかし部屋で騎乗位になり首を絞めた男のことを思い出して そのとき彼はわたしの首を締めはしなかったのに 何故だかじっと大人しく目を閉じて観念したようにしていただけだったのに
夏に殺そうとしたひとは 黙ってわたしの首を絞め返したので わたしは死んでしまった いつだってそうだ 生と死はチョコレートミントのアイスクリームのように混じり合い溶けてゆく 殺す気なんてないんだ ずっと側にいてほしいだけだったのに どうしたってうまくゆかない