1059

爪を切りながら もう長いこと色を塗っていないことに気づいた 料理をするようになってからだった それまでは大して気にもしていなかった

足の爪は何年も紅く染めるのが常だったけれど それもやめてしまった 最後に塗ったのは夏祭りの前だったと思う いや それも定かではないのだけど

1058

あのひとが好きなあの子になりたい あの顔になれば好きって言ってもらえるかな どうせ中身のない存在 器だけでも綺麗になりたい あのひとが好きなあの子になりたい つくりものの笑顔 みんな知ってて絶対言わない秘密 でもそれでいい それでいいのよ

1057

むかし着ていた白い犬の絵が編み込まれた灰色のセーターのことを今でもしばしば思い出して とても気に入っていたのに写真の一枚もないことが悔やまれる お金がないときに赤十字の古着屋でチーズバーガーと同じ値段で買ったのだ それは大量生産の既製品ではなく誰かが手で編んだものだった 少し大きめで あちこち毛玉が出来ていて とても温かだったけれど 外に着て行くのは止しなさいと言われたので写真が一枚もない

1056

見慣れた景色と頭痛 きっと目を閉じたままでも歩いて帰れる

 

全力疾走したときの胸の苦しさ 鼻の頭が痛む冷えた空気 大した距離でもないのに息が切れて 全然知らないひとが起こした事故のせいで なんとなくサボる言い訳が出来なくなった し そうする理由もなくなった 悪くないよ

 

「いつか 授業にもう間に合わない時間に起きてね 学校に行くの好きじゃなかったし 仕方ないから街を歩いてたときに偶然見つかっちゃったんだけど そう 保護者代わりのあのおばあちゃんにね でも彼女少しも怒らなかったんだ 元気?雪がたくさん降ったわねぇって 学校のはなしとか一切しなくて それでわたし次の日からはちゃんと起きるようにしたんだけどね」

1054

薄暗くなりつつある部屋 日没の刻が近い けれども曇りでは知らぬ間に夜が来ている 吐く息は白くただよい 指先は赤くかじかむ

少し厚めのタイツで頸を括って締めると むかし部屋で騎乗位になり首を絞めた男のことを思い出して そのとき彼はわたしの首を締めはしなかったのに 何故だかじっと大人しく目を閉じて観念したようにしていただけだったのに

夏に殺そうとしたひとは 黙ってわたしの首を絞め返したので わたしは死んでしまった いつだってそうだ 生と死はチョコレートミントのアイスクリームのように混じり合い溶けてゆく 殺す気なんてないんだ ずっと側にいてほしいだけだったのに どうしたってうまくゆかない

 

1053

想像すること 自分自身の経験から 先生が教えた教科書から 美しい女優が演じる映画から 分厚い歴史の資料から 週刊誌の噂から 思考出来る限界まで 思い巡らせる 国境も 時代もこえて

 

何事にも代えて守ろうとした生活のこと 愛する人との幸福な日々のこと 興ざめするほど陳腐な言葉で語られた理想 生き延びるために選んだ道で犯された過ちの 償いきれない罪の重さ きっとわたしは理解出来ない 証明出来ない数式のように複雑で あまりに繊細であることを 想像することすら出来ない

1052

Bonne année 🎉

 

何がめでたいのか 新しい年を迎えることが出来たことに対してだろうかと思うと そうでもない人に対して悪い気がするので ハッピーニューイヤー というのはとても感じが佳い めでたくても そうでなくても 誰にでもやってくる新年がハッピーになりますように

1051

鐘の音が聞こえ始めた そろそろ眠りたいと思うけれど 物心ついて以来 夢のなかで年越しの瞬間を迎えた試しがない そろそろ寝たっていいと思うのだけど 家人が蕎麦を楽しみにしているのでなんとかあと少し粘らねばならない

 

 

✴︎  ✴︎  ✴︎

2017年も『ヴォトカ流れる河のほとりで』をご覧いただき、ありがとうございました

それでは佳いお年をお迎えくださいませ

 

水銀 拝