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それなりに取り繕うことを覚えたので へらへら笑いながら 海老みたいに後退りしていなくなることもやるし はなからいないことにもする

あの人はいまとても困惑しているだろう どれくらいしんどいか知らないけど 眉間にしわを寄せて悩んでいる顔が好きなので ちょっとした些細なことで困らせたくなる すぐに返事をくれなくなったときから

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あと3ヶ月もすればまた冬が来る 草木が枯れた野原に白い雪が積もる その頃わたしは何をしているのだろう 今年は新しいコートを買えるだろうか 髪は切る予定 うんと短くするのもいいかな 楽だろうね そう言えばヴィーナスってどこのシャンプー使ってたと思う? ハイヒールはもうそんなに欲しくない 脚にあう靴を見つけたからなのか 脚に合わない靴だと気づいたからかもね 笑いながら彼女は砂と水の際でころころと寝転がり「人魚の真似」と言った 

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ほんのちょっとの力で人の心は簡単に壊せるし 壊された日のことを生涯忘れないだろう もう二度と笑いたくない 自分にどれだけの価値があると信じているのか 高慢に思い上がったまま 屑を生み出したことに生産性があると思っているなら本当に幸せなことだ

芸術や文藝は心を慰めはするけれど 子どものない芸術家や作家にも生産性がないと言えるのか なにも生み出さないわたしには関係ないことだけど



屑を再生産することに価値が見出せなくても あの人でなしの子供が欲しかった



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あの村に親近感がわいたのは 故郷の町と似ていたからだと思う 郊外の田舎町 とてもちいさな村であるのは民家と自然だけ だけどとても居心地がいい すれ違う人は大抵顔見知りで 大抵お互いのことをよく知っている 家族の事情から洗濯物まで だけど口には出さない 交渉はしない それがここで暮らすためには大切なことなので

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確かにあのカントクの映画はわけわかんないし それが良いんだって言いながらくそつまんない薀蓄を披露しだす男と同じくらい退屈だし 正直二度と観ることもないって思うんだけど わたしたち二人とも彼の映画に出てきても違和感ないくらいイカレてるよね 主演はあのスノッブなヤリチンにして最期は絶対に死なす

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溶けそうなほど眠かった 歯科検診の予約を済ませる 痛むところはないので大丈夫だと思う

結局のところ替えがないので あるものを大事にしなくてはならない まさかこれほど長く使うとは思わなかったけど 仕方ないものは仕方ない

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まだ幼かったころ 家のちかくの山が燃えた 大方登山客の煙草の不始末とか そんなことが原因だったと思うけど 理由がなんであれとにかく燃えてしまった まだ少し寒い時期で空気が乾いていたせいか 勢いよく斜面が赤く燃え上がってはいたけれど なぜか これ以のことは起きないから大丈夫だと思っていたし 事実 消防隊の活躍により鎮火した 谷のかたちに沿って 黒く焦げた斜面が見えていた かつてそこには木々が立ち並び 様々な植物が覆い茂り 雪が降れば粉砂糖をふったように見える山があった

それからもう5回目の冬季オリンピックが開催され 山はほとんど以前と変わらない姿になっている 村で暮らす若者たちの多くは火事の前の山を知らないなら 以前のような姿とはなんだったのだろうか もうどこも燃えなくていい 新緑の青さだけが輝けばいい

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薄荷煙草は好きだったけど ミントのガムはどうしてもダメだった 食べられないことはないけど匂いがどうにも苦手で あれは本当のミントの匂いじゃない 薄荷煙草のそれが本物の薄荷入りだとはつゆほども思っていないけれど ガムのミントだって何で出来ているのだか 買ったこともないから知らないけど
練り歯磨き粉やチョコレートに入っているのは好きだからミントは悪くない ガムなら膨らむピンクのやつがいい