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まだ風がとても冷たいけれど 食料品コーナーには春の便り 小さいけれど丸々とした蛍烏賊と固い蕾の菜の花をひと束 籠に入れながらあの人のことを思い出して 春が来るまでに会おうねって話してたのに もうほとんど春じゃん なんて
20年前の今日は 朝から雪が降っていて とても寒かった 北国ではどの窓や軒にも大きな太い氷柱がぶら下がり 穀倉地帯にはゲレンデのように上質な粉雪が積もり続けた冬だ ジャトカは病院で ずっと付きっきりだった親族が目を離したほんの一瞬の隙をついて息を引き取った 春を待たずになぜ急いでひとり旅へ出たのか という句を詠んでくれた人がいたけれど それが誰だったのか はじめから知らない 春が来たとて元気になる見込みなどもうなかった 水仙のむせ返るような芳香 リノリウムの床を歩くぺったんぺったんという音 茶色く酸化した林檎 皮と骨ばかりに痩せたジャトカの手は それでもまだ温かだった 永遠に春が来ない病室で
私信:冬眠から目覚めたら連絡ください もう菜の花が美味しいころですよ
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暖かくなると聞いていたけれど とても寒かったと話すと こうして一雨ごとに春が近づくのよと女は微笑んだ 彼と最期に会ったのもこんな時期だった 霙まじりの日で 葬式は雪のなか執り行われた
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曇天 白い雪が残る枯れた草木の平野が広がった線路沿い 黒い鳥が空を渡ってゆく 駅について降りたのは わたしと 年老いた男ひとりだけだった 狭いホームのうえに撒かれた塩化カルシウムの粒のうえを歩くと ざりざりと音がした 暖かい日だと聞いていたけれど 風はちゃんと冷たかったし ここいらの雪はまだ溶けずに残っている わたしが生まれた街 最果てのそのまた向こうにあるちいさな村 祖父はそこにの鐵工所に勤める労働者だった なにを作っていたのかは知らない 大人になってから 死んだ祖父は 昔 ここいらにあった鐵工所で働いていたと教えられたから その跡地に立つ錆びた「売地」の看板 やはり枯れた草が多い茂っている
何処へいくの と娘が問う わたしは 死へ向かっていると思う それはごく当たり前のことで 問題はどのようにその道を歩むか ということだ