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ヴォトカ流れる河のほとりで

Das Tagebuch der Lily Mercury

800

どうして水槽の水はいつも青緑色に透けるのだろう 鋭利な刃物のように尖ったヒレが水面を切り裂き 無数のあぶくを噴き出させる 突風が吹き付けて花を一斉に散らすように あぶくは煌めく 人工海水で満たされた海は 驚くほど精巧につくられていて わたしにはも…

799

名前を忘れた植物の 効能だけを覚えていたり 台詞を忘れたまま動いたりして 満点が取れない 花壇が開いていたので 花でも買ってこようと家人に相談したら おまえ そこには球根を植えたと言ったじゃないかと笑われ 確かになにか埋めたし 咲いたのだった 思っ…

798

窓から見える銀杏の木に芽吹いたちいさな ちいさな葉が ちゃんと銀杏のかたちをしていて それは 街をゆくひとびとの髪型や服装がどれだけ変わっても 新しい生活を始めたばかりの若者たちが見せる初々しい表情が変わらないのと似ている

797

知らない街の ややこしい綴りの名前がついた石畳の通りを 颯爽と歩いている彼とは まだ会ったことがない たぶん左の肩甲骨のあたりに青い鳥の絵が飛んでいて 煙草はゴロワーズの赤い箱 ラムよりもコニャックが好きだけど 牛乳も好きだからとても背が高くなっ…

796

焼いた肉を食べさせてくれるというので食べに行った ナイフで細かい切れ目を入れて柔らかくした 何かよくわからない赤い肉は 味がついていて 網の上でよく燃えた 焼けるというよりは燃えたのだった むかし 奮発して精肉店で一番高級な牛肉を買おうと意気込ん…

795

わたしの知らない世界 マティーニグラスのなかで水浴びをして スワロフスキーのシャンデリアの下で身につけるのは化繊じゃない本物のシルクだけ パーティは人目につかない地下ではなく 夜景が見える高層ビルの最上階で行われていて 何人もの女たちが薄くて軽…

794

久々に葡萄酒を買った 飲むのは蒸留酒ばかりなので 料理に使うため 魚介の酒蒸しが好きなのだ 日本酒のそれも好きだけど 柔らかい白身の肉なら 白葡萄酒が良いと思う 別々に食べてももちろん美味しいけれど そういえば エスカルゴの缶詰を見なくなってしまい…

793

毒という字と妻は似ているけれど ゴケグモの名前は咬まれるとその毒で死に至り 後家を迎えることになるというのが俗説にある でも実際は英名の Widow spider をただ和訳しただけ 交尾後に雄を食べて未亡人の蜘蛛になっちゃうからだって 悲しい 何年か前 男や…

792

裏庭に杏の花が咲いていた 白い雪のようだが 若葉も一緒に芽吹いているので爽やかな色合いをしている 実ったことはまだない 一本しかないから 受粉のしようがないのだったさて 蜂蜜が冬に結晶化したまま 一向に溶ける様子を見せない 白くて固いバターのよう…

791

理由があってスープに入った肉を食べられないというので 代わりに食べて 僕のデザートに添えられたメロンをあげた これも理由があって食べられないのだけど 彼女は嬉しそうに 一番にメロンを食べて 間に苺 キウイ 生クリームのついたプリンを食べて 最後にも…

790

北方のケルキパ共和国では 春に咲く喇叭のような花被片がついた黄色や白色の花 そう細い葉が根もとからすらすらと伸びるあの花のことを 『復活祭の百合』と呼んでいた 移動祝日なので 咲いていない年もあったけれど 大体この時期には咲きはじめている 外はま…

789

服も口紅もしっくり来なかったのでそれはわたしの色ではなかった 毎日見ている顔なのだから似合わない色くらいわかる ただ機会があれば試すのは大切なことだ 思いがけず似合うことだってあるのだから 知らない間に味覚が変わるみたいに 結局 食料品店で生魚…

788

山際の村は彼方此方が桜色 わたしは花が散ったはしから 伸びてゆく青々とした若葉が好き 穀倉地帯が一面緑になるのも嬉しい 夜がどんどん短くなって 光が世界に溢れる季節はなんて健やかなんだろう

787

くだらないことは日記に書けばいいので ここにはくだらないことしかない 本当のことを書けば愚痴なるから書きたくない いらいらするのはPMSだけど 高層マンションの非常階段を見ても「あそこから落ちたら死ねそう!」とは言わなくなったし 恋人に当たり散ら…

786

復活祭の飾り付けをしようと思ったのに あのカラフルな羽根がもうどこにも売っていない 仕方がないので 家にあった餅をこねてつけることにした 紅も混ぜて 白いのと互い違いにつけたら 正月飾りになった ウサギの形をしたチョコレートを手にした子供「どうし…

785

愛されることは難しいけど 愛することは出来る 或いは愛されていることが前提であるので 信じていれば その存在を心の何処かにおいておけば きっと安らかに眠ることが出来るだろう 闇の中で目を覚まし震えることもなく 遠い山並みから朝陽がのぼり 空が白ん…

784

透明のビニル傘に花弁がくっついて ちいさな模様が出来ているのは綺麗だと思う 霧のような雨には 花の色がうつり ロゼ・アンペリアルの雫のように輝いている 草の上で私たちは春の訪れに祝杯を捧げた

783

フランス語の辞書を買ったので 目についたフランス語っぽい単語を調べるようにしている 可愛い雑貨屋さんの柔らかなビニール袋に書かれていたのは 日本語と同じ意味の花の名前だった そのしたに書かれた mon jardin secret という言葉 わたしの秘密 どんな秘…

782

雨の匂い 錆びた欄干沿い 湿った草叢の柔らかさよ 花びらが散る 風が吹くたびに 揺れる木から はらはらと追われるように落ちる 川はもう水門の柵が 薄紅色で一杯に押されて それでも開けられることはないけれど 沈むことも出来ないで揺蕩うばかりで夜は更ける

781

高級な出汁を使ったら味噌スープが料亭の味になった えーそんな まさか ほんとなんだなこれが どこの国でも その地域の美味しいものがあるけど 味噌スープが美味しく頂けるのってほんと幸せ でも小籠包は台灣で 玉葱スープはクラクフが一番だと思うし ストッ…

780

とても愛されていることを伝えられたとき それに応じられるだけのことが出来なくて 初めて妥協という言葉の意味を知った そんなことしたって何にもならない わたしには身籠もる資格もない 過ぎてから初めて その季節が儚く 美しかったことに気づいて悔やむの…

779

ハイスクールで教師からスカートの長さと髪の色をしつこく確認されていた彼女たちの多くは なぜか秘密を話したがった 誰にも言わないで欲しいという言葉のままに わたしはなにも言わないで しばらくの間だけ記憶したあと すぐに忘れたしまうから 秘密を打ち…

778

梅と桜の花が一度に咲いたので それを眺めながら八朔を食べた 迷える羊が来たなら ひときれ分けてやってもいいなと思えるほど 気分が良かったけれど 誰も来なかった そういう場所なのだ

777

嘘ばかり書いているので、エイプリルフールの今日は本当のことを書きます。 告知です。次の金曜日、久々に出演させて頂きますので、ぜひお越し下さい。 ***Friday 7th April 2017 ***大阪 関目FLEX ⋆ TOY BOX vol.27Start 20:00 Charge ¥1000 (1 drink付) 出…

776

新しく建設されるマンションは 屋上に山があり その上に霊廟があるので 住人なら鬼籍に入ったとき誰でもその霊廟に祀られるということだった 墓参りは不要 清掃業者が毎日 掃除に来てくれる そもそも一人ずつに卒塔婆や墓標があるのではなく 大きな祠に骨を…

775

他人の痛みを解ったような気になる高慢さと 理解させようとする傲慢のあいだで 愛するひとの望む答えを さも心からの願いであるというように思いながら生きることを 幸福なのだという 「でもそれって本当なの」 「もちろん」 「あたしがどんなに傷ついている…

774

お互いに名前を覚えていなかったので 彼はわたしを "du" と呼び わたしもやはり "du" と呼んでいたのだった 人称代名詞や 愛称ではなく 今更確認して名前を呼ぶのはなんとなく躊躇われたので あるときベッドの上でわたしは "Herr Niemand" と呼んだら 彼は驚…

773

わたしはいつか あのひとがわたしではない女を幸せにしたとき 妬まないで済むようになるべきで それはわたし自身が幸せになるということであると思うけど あのひとなしで幸せになるなんてことがあるのか疑問だし あのひとに関わる人々の関係性はともかく わ…

772

例えば記憶を上書きするなんてことは容易で 元から覚えが悪いから消去してしまうことだって可能ではあるのだけど 今のところまだ約束は守っている 誰と指切りをしたわけでもないわたし自身との約束 守っても破ってもどうにもなりはしない秘密

771

雨で布団が干せなかったので そのままベッドの上で過ごした 夕方 夢の中にピンク色の髪をしたあの子が出てきてとても嬉しかった 一緒に電車に乗ってたんだよ ほんとうに可愛かった あと20センチ脚が長かったら わたしもヴィクシーのエンジェルになりたかった…

770

もう清らかでなくなった関係において わたしはあのひとを愛し続けている そのことが誰にも知られませんように

769

煤けた桃色の髪飾りを買った 花のかたちをしたクリップでとても愛らしい フランス製の髪飾りはどれも普遍的な可愛いさがあり 他にも鼈甲色をしたリボンのかたちのバレッタとか 三日月みたいな細いピンとか 10年くらい使っても少しも痛んでいないし 流行遅れ…

768

誰に聞いても好青年と云われるひとがいて わたしは彼に会ったことがないから 形而上の存在となった好青年である彼に憧れ続けている 本当に誰からも悪い評判を聞かなくて 彼を知るひとはただ「好青年だよ」という (時々文頭に 眼鏡の という外見的情報もつく)…

767

近頃とても疲れている 春が来たらニルゲンドヴォ村へ帰ろう 緑きらめくわたしの故郷 もうそれほど多くのひとは暮らしてはいない 見離された最果ての土地 名前を奪われ 地図の上から消え去った場所 花咲き乱れたる最期の楽園 誰もそこから生まれないから 愛も…

766

春の不眠は悲惨だ わたしは薄暗い部屋のなかにいて あのひとの面影を探してばかりいる 夢から覚めれば何時ともわからない闇のなか それの繰り返し 本当に嫌になる 寂しさで眠れないなんて嘘 あのひとにはもう夢でしか会えないのに

765

よく晴れていたので 部屋の隅に布団を敷き 鎧戸を締めて寝ていた 寝ているときも含めて12時間なにも食べないのをプチ断食と呼ぶらしい 昨夜はすっかり吐いたあとで12時間以上寝たし 普段から週末はよく寝ているのだった 効果があるのかどうかは知らない ただ…

764

眩暈と嘔吐 緊張がとけたときに 解放されるのではなく壊れるのはよくあることだ

763

初めて爪を真っ赤に塗った日 ママは「まだ早すぎる」と言い それから何年かして塗ったら「もっと若いひとの塗る色だ」と言った この非の打ち所がない矛盾 或いは真っ赤な爪が最高に適したほんのわずかな一瞬を見逃した事実に対して わたしは「似合ってるんだ…

762

「性交をしていると段々自分の身体がサカナになってゆくような気がする 光が届かない深い奥底は 暗く冷たく でもそれがとても気持ち良くて もっともっと泳いでいたくなる 息継ぎは接吻 わたしはサカナになるから 息継ぎをしなくても呼吸が出来るはずなのだけ…

761

かつて好きだったひとからのメールに添付された一枚の画像は 彼女の名前が記されたエコー写真で 既に明確な線で現れている胎児の姿は自然の神秘そのものだった なんと素晴らしいことだろう 彼女が母親になるということは! 「まだ男か女かわからないの」と彼…

760

山際の村の夕暮れは早くて 寂しい そのぶん朝が早いというわけでもないのに 通り雨で濡れた甍の波が 波というよりは鱗のように煌めいている ところどころに梅が咲いている 真っ直ぐに枝を伸ばしているのが好きだ 去年の柿は畑の隅で鈴なりのまま褪せてゆく …

759

快速電車に乗ると 既に三人組の少年がボックス席に座り 菓子パンとコーラを食べながら楽しそうに話をしている おそらくまだ中学校の卒業式を終えたばかりの年頃だろう わたしは彼らと同じボックス席の通路側に座った ひとりが窓側へ詰めて座ってくれたからだ…

758

雨の匂い それももう 春の雨の匂い 百貨店の封緘が付いた包みをもらった 明日は休みでいないから と そのひとは言った 家に帰って開けると とても感じの良いドラジェブルーのタオルハンカチが入っていた 大抵色に迷ったらピンクを選ぶけど もしも彼がブルー…

757

お使いに出て饅頭を買った ひとつふたつは小さくて荷物にもならないが 50個となると やたらと重い 前に外郎を買ったときもかなり大変だった 自分で持てないほど沢山買ってはいけないというのは当然のことだが お使いとなればそうもいかないのだった

756

あの日わたしはまだ田舎にある ちいさな事務所兼店舗で働いていて それなりに寒い日だったと思うし 実は暖かだった気もする Kはまだ生きていたけど 既に何年も連絡を取っていなかった 百貨店の店内放送が黙祷の時間を告げる あの日わたしは職場で 机の下に…

755

騙し合いのような関係性に終止符 愛と性欲を混同するのはやめて 保護と支配は双子のように似ていて異なることを かつてはあなただって知っていたはずなのに

754

北国で思春期を過ごしたので 少し肌寒くても 晴れたらすぐ外でお茶を飲みたくなる 冬であってもそうなのだけど 太陽のひかりを浴びながら過ごすひとときは幸せだ 野点には何度か参加したことがあり 梅林でお薄を頂いたときは楽しかった 天気はあまり良くなか…

753

「男に媚びるな」の言葉を間に受けたら「塩対応」とディスられた わかる わかるよね あたしにはわからないけど 「××の女性は個性的でお洒落」とか「日本の女性はここが変」とか うるさいな それが個性でしょうが どうせわかりっこないと思って それが総意で…

752

ラズベリーを乾燥させ 粉にしたのが入ったチョコレートを食べている 今年の冬は例年以上にチョコレートをもらったので 毎日食べてもまだ残っている 嬉しいことだ 子供の頃 5歳になるまでチョコレートを食べることを禁じられていた 虫歯になると信じていたの…

751

視界が曇り 靄が見えると思っていたら強い雨が降り出したので 街行く人々は慌てて走りはじめた まるで夏の夕立みたいだ! 窓硝子に打ち付けられた雨粒はどんどん流れて 滝のように激しく降っている しかし長くは続かないだろう 西の空は既に明るくなっている