Fiktion

1457

心地よい湿り気 濡れた肌に咲く花 水面に浮いた桃色の花弁 懐かしい音楽 雑音 その名を知らない楽器 目を閉じて言葉を理解しようと試みる そんなことしても何にもならないとわかっているのに 繰り返してみる 聞こえた歌声の 音を 意味は知らないでいても

1456

バターになっちゃいそう ぐるぐるまわれ フライパンのうえで溶かせ もっと熱く あぶくが立つまで バターになっちゃったら もうなにも考えなくていいね おやすみ また明日 くるならね またね

1455

きっと彼は来ない 砂埃と銃弾が舞う砂漠で虚しく倒れてしまったから 滲み出した重油が燃える海面で息絶えてしまったから 熱帯雨林の河川で鰐に襲われてしまったから 撃墜した戦闘機が砲弾ごと落ちてくる 鉄屑が雨霰と降ってくる 人が燃える 家が燃える 街が…

1454

まだ風がとても冷たいけれど 食料品コーナーには春の便り 小さいけれど丸々とした蛍烏賊と固い蕾の菜の花をひと束 籠に入れながらあの人のことを思い出して 春が来るまでに会おうねって話してたのに もうほとんど春じゃん なんて20年前の今日は 朝から雪が降…

1453

この人と一緒ならなんだって平気 どんなにつらい日々が続いても耐えられる そう思っていた恋が終わってから もう何年も経って ようやく理解したのは 苦痛を耐えられることより 幸せにしてくれるひとを探したほうが健全であること どのみち苦痛はひとりで耐え…

1452

きりりと音が鳴るような冷えた青空と 水面の動きがわからないほど大きな広い河 そして果てしなく続く枯れた平野 電車に乗り街にある食糧品店へ赴き 購入した芋と玉葱を紙袋に抱き抱え わたしは当時一番好きだったひとの元へ帰った 今でもよく覚えている 幸せ…

1451

なにもしなくたって時は流れていくと 知らないことはないのだけど 夢のなかで彼女は ずっと昔のまま ふっくらしたすべすべの頬で笑っていた 今では極東の地で恋人と暮らしているとかいないとか 風の噂にきいているだけ彼女の好きなアニメキャラクターの商品…

1449

曇天 白い雪が残る枯れた草木の平野が広がった線路沿い 黒い鳥が空を渡ってゆく 駅について降りたのは わたしと 年老いた男ひとりだけだった 狭いホームのうえに撒かれた塩化カルシウムの粒のうえを歩くと ざりざりと音がした 暖かい日だと聞いていたけれど …

1448

ショコラ 舌の上に乗せて 噛んで リキュールが溢れ出すボンボン 甘くて苦いタブレット カカオ豆の香りがすぅ と 鼻の中に広がる プラリネ ガナッシュ ジャンドゥーヤ 青い眼のショコラティエが立つ前のショーケースに並べられたひと粒ひと粒を ぜんぶ残らず…

1447

ニルゲンドヴォに雪が積もって ホフヌンクにも雪が降った ストッキングも タイツも履かない脚がハイヒールで 雪のうえに 印をつけてゆく 綿あめみたいに白くてふわふわの雪が凍って固くなる ふわふわ がちがち 橙色の街頭で照らされた雪道はオレンジ色に光っ…

1446

起きたときから頭がずきずきと痛んでいる 風邪ではないけど こういう痛みが年に数回あって 恐らく疲れているのだろう 気圧のせいかと思っていたけれど 天気が良い日でも起こるので仕方ない痛いのも苦しいのも大嫌いだ 自らを傷つけることは別に快感を得るた…

1445

意味もなく わけもなく 流れてゆくだけの時間 お湯でぬるくなったアルコールの匂いは嫌いだ きりりと冷えた エタノールの匂いが良い グラスが気化熱で白く曇るほど冷たいのに喉が焼けるような そういう激しさが愛しい 塩を舐めてからショットを流し込み 檸檬…

1444

朝 出かけるのにこっそりと寝床を離れたら 一緒に寝ていた妹が「何処へいくの いかないで」と呼び止めてきたけれど 結局彼女は布団から抜け出せなかった まだ暗くて寒かったから わたしが必ず帰ってくることを知っているから もぞもぞして少し泣くような声を…

1443

溶けてしまいそう 日々の生活に 疲労した身が溶けたなら 何色に濁るのかしら それとも泡立ってしまう?

1442

今朝見た夢に出てきた男の子は 子供の頃のY君だと思っていたけど 僕が大人になったら結婚しようと言ってくれているK君にも似ていたし 生きていたときより死んでからの年が長くなってしまったR君にも似ていた ぐりぐり坊主頭の一重まぶたで ほっぺが赤くて…

1441

夜が迫ってくる 白い雪で塗りつぶされた街を黒く染めかえる 曇天の日 空は燃えることもなく静かに灰色になり 家々の窓から漏れる灯りだけが ぼんやりと 遠くに見えている よく光る星のように はるか彼方で

1439

板書を写したノートを見た先生が 「いいねこれ 売れるよ」と言ったので 売れたら先生にも何パーセントか上納しなきゃなぁと思った 売らないけど売れるよ とは(顔と身体以外)描いたり作ったりするもので たまに言われて そのたびにとても嬉しくなるけど 対…

1438

今夜は欠け始めたグレープフルーツムーン うちにあるのは黄緑色の実で 少し寒いのと皮を剥くのが億劫でまだ手付かずのまま仕事で遅くなったとき嫌なのは 夕食の時間が遅くなることだけ それ以外は別にいい わたしはちいさな穴から銃口を少しだけ突き出し 木…

1437

チェックのブランケットが欲しくなって探していたら まだティーンだった頃はチェックのミニスカートばかり履いていたのを思い出した それから黒いブーツ 残念なのはツィギーのように細くて長い手脚でなかったこと わたしの英語は Sex Pistols からだから す…

1436

冷えた空に満月が浮かんでいる あなたが暮らす町のスモッグだらけの空にも見えてる? 夜にわざわざ外なんて見ないの知ってるけどね 綺麗だったよ

1435

知らない町へ来ている 単線の無人駅から一両編成の汽車に乗り込むと 既に何人かの乗客がいた そのなかに旧い友人がいたので偶然の再会に喜び記念写真を撮ろうとしたのだけど シャッターがどうしても動かなくて 彼はわたしを後ろから抱きかかえたまま眠ってし…

1434

約束が 果たされないのに慣れてしまい 涙も出ない不感症 悪いのはあなたじゃなくて 温かすぎる布団頭を冷やすために歩き始めたら 殊の外気持ちのよい天気だったので 気づけば歩数計が10キロを計測していた ここのとこ運動不足だったのでちょうどよかった 昼…

1433

アナ・ウィンターになれなくたって生きていけるし むしろその方が生きやすそう だけどちょっと憧れる まずは全身真っ黒な格好から卒業した方がいいのかも久々にネイルエナメルを塗りながら 「女に生まれたなら女を楽しまなきゃ」なんてフレーズを思い出して …

1432

懐かしい声がして 振り向くとほんとうに懐かしいひとの訪問だった 見違えるほど大きく成長して もうひとりの大人の男だった 彼が健やかに生きていること そして長らく会わなくても覚えていてくれること どちらも嬉しい

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腕時計を買おうと思って電気屋へ行ったけれどやっぱり買わなかった どれもつける気にならなかったし 恋人に時間を尋ねられたとき見せてもすてきとは思えなかった (そして恐らく彼は間違ってもわたしに時間を尋ねたりしない)どうしても時計が必要な時も な…

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わたしの愛はいつでも生焼け 煮え切らないまま腐るだけ 血と肉と骨以外何もない あるような気がしているだけ 何も掴めないのは何もないせい ぜんぶ白い雪に埋もれてしまえ じっくり腐ってゆけばいい

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たくさんの海豚が泳いでいる 濁った水のなかでわたしは海豚と泳ぐ ずっと立ち泳ぎをしていたのに 監視員がきて 足つきますよ 伸ばしてみてくださいと言ったら金属製の床があることに気がついた さっきから立って泳いでいたのにどうしてわからなかったのかし…

1427

あなたが傷つくところを見たくないから好きになるのはよしなさい と 言われて 確かにもう二度と立ち直れないかもしれないと思う一方 どうして絶対にそうと言い切れるのだろうと立ち止まってしまった 階段の踊り場で窓の外を伺いながら密やかに紅を差す もう…

1426

お元気ですか あなたがこの地を去ってから3週間が過ぎようとしています 例年より少し暖かい日が続いていますが ご存知のとおりまだまだ雪が降るのはこれから それでも少しずつ陽が長くなってきたのを感じます あなたがいなくてはそれも大した意味はないのだ…

1425

iPhoneから流れてくる さよならを教えて のあとに続く また独りぼっちになったひとの歌 それから あなた無しではいられない と曲は流れてプレイリストは終わる 選んだ順に意図はなかったけれどそうなっていたあのひとは凍てついた街や 誰もいない砂浜を彷徨…