Wirklichkeit

1310

眠気を堪えながら覗き込んで夏の名残を探した 濁りのない水が流れてゆくちいさな河 どこへ流れてゆくのか うつろな意識のままで

1300

まだ人通りの少ない日曜の朝の駅靴の音がやけに響く階段を降りて また上って 自販機で切符を買い 指定された乗り場を目指す好きなひとのところへ 会いにゆくのはひとりでたとえそこに彼がいなくてももうこの世にいないときでも定刻通りに 予め定められた列車…

1290

それぞれの季節が終わってゆく ヒグラシの鳴き声は 実は前から聴こえていたのだけどスーパーマーケットは相変わらず混んでいた かつてはその棚と人間の間をすり抜けて歩くだけでも 酷く疲れたもので もう一生人混みにはいけないとさえ思っていたのに いつか …

1280

素敵なかたちの照明を見つけた 高さを調べたら大好きなあの人と同じだけあった わたしの部屋を照らし出してくれるだろう コードを繋ぎさえすれば ちいさな電球でも暖かい光を放つだろう 古びれない曲線の滑らかさを美しいの一言で終えるには惜しいけれど 他…

1270

あと3ヶ月もすればまた冬が来る 草木が枯れた野原に白い雪が積もる その頃わたしは何をしているのだろう 今年は新しいコートを買えるだろうか 髪は切る予定 うんと短くするのもいいかな 楽だろうね そう言えばヴィーナスってどこのシャンプー使ってたと思う…

1260

教会のなかは静かでひんやりとしていた 足音とひそひそ声が不快ではない程度に聞こえるその空間を表現するには まさしく静謐という言葉が相応しかった 石造りの床 壁 天井 そして石像 今は誰も触れることが出来ないパイプオルガン 調律するひとがきっといる…

1250

見慣れているようで やはりこの景色を知らない 遠くまで広がる黄金色の畑と澄んだ空の色を 猛スピードで走り抜けてゆく 夕暮れ時の風を 土に残った太陽の温もりを 刈り取られた草からたちのぼる青くさい匂いを 知らないし 忘れる

1240

二十歳を過ぎた頃から夏ごとにひとが死んだし 生まれたし 違う男と花火を見て かき氷を食べた 初めて告白したのは小学生の時だったけど それから一度もちゃんと好きと言ったことがないし 言われたこともない 最後に生き物を飼ったのはいつだっただろう 水槽…

1230

書店へ行き取り置きしていた雑誌を買いにいくこと目覚まし時計を修理して ちゃんと鳴るようにすること素敵な名前の店の話を聞いたけれど 行くことはないだろう なにせとても高いのだ 毎日通わないとしたならあまり意味がない そういう店の話だった

1220

ひらひらと舞う数多の羽根 緑織りなす林の奥で 殖えてゆく生命の温度が知りたい 孕めない雄の熱さと 殖える気の無い雌の冷たさ わたしはこのまま 土へ還るのだろうか 灰は灰に 塵は塵にとは言うけれど

1210

言葉にすると面白くなくなってしまうこと 口に出すと笑っちゃう話になること 思いもよらないひとの 想像出来ない一言 救われたり救われなかったりするけど 大抵のことは大丈夫 泣きたくなるような話をしてる内に笑えてきて 馬鹿みたいって言ったら そういう…

1200

何年経っても着られるオーソドックスな服は無難であるがゆえに 余計に難しいというのはお洒落をするうえでは事実で 毛玉や穴も構わないなら 人の目を一切気にしないと言うならなんでもいい そうでなければなるべく上質なものを手に入れ きちんと手入れするこ…

1190

夜のしじまに 夢は花ひらく

1180

戦うことはもうやめた 流れる血をあつめて 薄めて透明な涙になったなら 海が出来るだろう 溺れかたを知らなくても 沈んでゆける 深緑色の天国

1170

触れられない存在がより一層遠ざかってゆく 倦怠はなにも産まない なにも育たない 進むことも戻ることも出来ないのは はじめから一度もそこにいなかったから 川面を躑躅の花が 桃色の小舟のように流れてきて そのうち波にもまれて消えていった 赤子の丈ほど…

1160

去年の春 もうほとんど夏みたいに暑い日に 海沿いを走る電車に乗って若葉の山へ行った 空は青くよく晴れていたし 眼前に広がる平野もやはり青かった ミドリとアオについていつか話したことがあるひとを夢に見た 信号機の色は緑でも青というけど 青魚は青い …

1150

空の色の変化 木の芽時は正気でなくなるなんてことはなくて いつも踊っていたい

1140

ジュブロフカのりんごジュース割が好きで ドイツ人のFはその味をアップルケーキのようだと言ったが わたしは桜餅の方が目に浮かんだ これまでに食べてきたものが違ったから なんの変哲も無い ただアルコールを保存するためだけのごく普通の丸いガラス瓶 そ…

1130

豆の実を鞘からはずす時 青臭いにおいがして子供のころに遊んだ草花のことを思い出した 根菜や菜っぱを切ったり 牛蒡を洗ってもそんな気持ちにはならない 豆ごはんをつくるときの懐かしさや 炊きあがりへの楽しみ お米と豆の味がちゃんとするのがいい

1120

春のぬかるんだ土が冷たい 雲雀はまだ歌わない 鳶はこのところよく飛んでいる 農夫たちが畑を耕し始めたからだろう 果てしなく広がる集団農場のうえに青空 冷たい風が吹きつけ それでも太陽の輝きが嬉しくて歩きつづけた 身体以外なにも失うものがなかったあ…

1110

神さまがいてもいなくても 声だけ聞こえて姿が見えなくても 誰かを信じさせなければいけないとか 上手く説明しなきゃいけないとか そういうことはないので大丈夫 また何処かで会うかもしれないその時に ちゃんと愛せますように

1100

目標も目的地もないから回り道も寄り道もない わたしは世界の果てで かつてあなたと過ごした日々の断片を夢にみる 小鳥を殺さなかった 籠のなかに閉じ込めることも 羽根をむしることもしなかった霙が降る午後 また何処かで出逢うだろう 放浪する旅人は港を求…

1090

石と蘭 ガラス製のみずうみ を 泳ぐ あたしの部屋な寒すぎて枯れてもーてん 窓側に飾ってたんやけどなぁ うち蘭の花ようけあったのに花が咲いてたの全然知らんわ そらそやろ咲かへんかったでや この石まえに何処やらで買うたんやけど どこやったかな なんや…

1080

芽キャベツを買った 熱湯の中で鮮やかな色に茹であがる 春よ ちいさな実は幾重にも重なる緑の衣 湯気は青くさくたちあがり 金属製のザルのうえで丸々としている 雲雀のうたはまだ遠い

1070

蒸発したはずの青年は金曜日の夜に見たのが最後だった 手を振って別れたあとの後姿はいたってふつうで 書置きと一緒に置かれた携帯電話は充電切れで電源が切れていたらしい その後 彼は元いた場所へと戻った 死んだのではなく二度とわたしたちの前へ姿を現さ…

1060

冬は花が長くもつのがいい 冷えた薄暗い玄関で 光が射すわずかな時間 静寂のなかに佇む色彩を愛でる

1050

あなたの御心によって浄められた むせかえるような歓喜のうちに迎えたまどろみのまま あなたのもとへ逝けますように

1040

レールを押さえるのに打ち込まれた犬釘はすっかり錆びて 枕木自体もかなり朽ちてていた 苔生した停車場は使われなくなって久しい ふるさと という単語から連想するのは うさぎ追いしあの山であり 小鮒釣りしかの川であるのだけど そんなものはもう殆ど無くて…

1020

破綻するはずの関係性を無理矢理維持し続けたら いつか強い絆が生まれるのか 皺寄せが来るのかわからない わたしは呪う あらゆる形式を重視した無感動な愛を 義務的に強制された望まれない愛を 尊び 妄信的に崇拝することのほうが清らかである矛盾 あるいは…

1010

むかし 友達とふたりで白い壁沿いの道を歩いていたとき ふいに門扉が現れ (ふいに というのは本当はおかしい その壁も入口も少なくとも100年以上前からあるのだから) なかには銀杏並木と一面金色に光り輝く落ち葉で埋め尽くされた砂利道がひろがっていた 底…