814

ツツジの植えられた花壇の傍を通りながら 「子供の頃よく蜜を吸ったわ」と彼女は懐かしそうに言った 「今も吸いたい?」立ち止まって濃いピンク色の花弁を摘むと 雌蕊や雄蕊を残してつるりと抜けた 根元に触れると透明な糸が つぅとひいた 「駄目よ 勝手に千…

813

まだK市に彼のアパルトマンがあった最後の初夏 群青色のドイツ車 薄荷煙草とワインの夜 名前を忘れてしまった映画とローストビーフ 激しい行為のあとで 彼はわたしをベッドに縄で縛りつけたまま眠ってしまった 無茶苦茶だった ふたりともお互いのことをこれ…

812

寂しさを理由にひとの気持ちを利用するなよ あらゆる想像力の欠如という暴力 失って初めて後悔するのは当然のことだけど そうなることを予測することは出来たはずなのに 激しい興奮の内に忘れてしまうのか 治った傷の痛みを永遠には憶えていられないように

811

音楽は苦手だけど好きだ 大きな声で歌えば褒められるころまでは良かったけど 楽譜が読めなくて 覚えるのも出来なくなってから てんで駄目になった 三角比の定理や 物質の熱量について結局理解することはなかったみたいに 16ビートが何か未だにわかっていない…

810

砂利道をゆっくりと歩いた 昼下がり 風がすこし強い そういえば今年は春一番を聞かないうちに季節が変わっていたんだ 木枯らしのことも知らなかった 知らない間に年が明けていたんだった 声を聴きたい そう思うけれど なにも話すことがない 聞きたいこともな…

809

白いライラックにはとても悲しい伝承があるので この花が5cmくらいの冬に咲くオレンジ色の花だったら良かったのにと思う でも一体 ベンジーはどんな花を想像していたんだろう 街角に咲くリラ 降り注ぐ光と芳香 5月の風 誰もいない目抜き通り 安寧のなかにた…

808

出来レースの勝敗に先生は狼狽していた 安心していいよ 私たち3人とも留年間違いないから 当分ここにいるよ 心配しないで 副委員長は聞きたいことなんかないのに とにかくなにか質問しなくてはいけないと思っているから 見当違いなことを言って途中から聞か…

807

好きなひとの為ならどんな苦痛でも耐えられるということ 苦痛に耐える自分自身が好きということ 苦痛を味わうのが好きということ 被虐趣味の性癖は様々な要因があるけれど 自分以外のために苦痛を選ぶのは悲しいことだと思う 加虐する人たちが求めているのが…

806

髪を染めたり ピアスをつけたりして 同僚を誘惑しないようにと言われたのは 単なる忠告ではなく ある意味では侮辱であるが わたし以外のひとが許可されている点を考慮すれば 特別に魅力があったというふうに考えたならば優越でもある けれどもし髪を染めるな…

805

とてもたくさん歩いた気がするけれど 歩数計を見たら6,000歩ちょうどだった 歩くのは好きだ ひとりで川沿いをゆくのも好きだけど 好きなひとと一緒にあてもなく手を繋いで歩くのはもっと好き どこまでも陽が沈むまで道が続く限り そうして歩き疲れて公園のベ…

804

今すぐにでも外に出るべきなのだと思う 駄目になってしまう前に でももう手遅れだ 電車に間に合わなかったから 毎日とても眠い どれだけ眠ってもまだ 身体が浮いているみたいだ なにもすることがない しなければならないことはあるけれど

803

深く考えるべきでないこと 悩んでも仕方ないことに 諦める以外の答えが知りたい とにかくがむしゃらに生きるしかない なんて 安いりぼんを飾るのはやめて

802

目の周りが乾いたように感じる そうだ さっき少し泣いたんだ 水曜日 そうだ 今日はまだ週半ばだった あまりに多くの出来事が起きて まだ混乱が続いている むかし働いていた住宅販売会社では契約が水に流れると言って水曜日が休みだった 流れるように生きるよ…

801

綺麗な水を手に入れるためにひとは深い井戸を掘らねばならないが 普通の生活を送るためには 普通の人間にならねばならない 抜きん出ても 埋もれていてもいけない 人並みになることの難しさ 苦痛ばかりが土壌に染み込んでゆく ここらの土地はもう駄目だ 恥辱…

800

どうして水槽の水はいつも青緑色に透けるのだろう 鋭利な刃物のように尖ったヒレが水面を切り裂き 無数のあぶくを噴き出させる 突風が吹き付けて花を一斉に散らすように あぶくは煌めく 人工海水で満たされた海は 驚くほど精巧につくられていて わたしにはも…

799

名前を忘れた植物の 効能だけを覚えていたり 台詞を忘れたまま動いたりして 満点が取れない 花壇が開いていたので 花でも買ってこようと家人に相談したら おまえ そこには球根を植えたと言ったじゃないかと笑われ 確かになにか埋めたし 咲いたのだった 思っ…

798

窓から見える銀杏の木に芽吹いたちいさな ちいさな葉が ちゃんと銀杏のかたちをしていて それは 街をゆくひとびとの髪型や服装がどれだけ変わっても 新しい生活を始めたばかりの若者たちが見せる初々しい表情が変わらないのと似ている

797

知らない街の ややこしい綴りの名前がついた石畳の通りを 颯爽と歩いている彼とは まだ会ったことがない たぶん左の肩甲骨のあたりに青い鳥の絵が飛んでいて 煙草はゴロワーズの赤い箱 ラムよりもコニャックが好きだけど 牛乳も好きだからとても背が高くなっ…

796

焼いた肉を食べさせてくれるというので食べに行った ナイフで細かい切れ目を入れて柔らかくした 何かよくわからない赤い肉は 味がついていて 網の上でよく燃えた 焼けるというよりは燃えたのだった むかし 奮発して精肉店で一番高級な牛肉を買おうと意気込ん…

795

わたしの知らない世界 マティーニグラスのなかで水浴びをして スワロフスキーのシャンデリアの下で身につけるのは化繊じゃない本物のシルクだけ パーティは人目につかない地下ではなく 夜景が見える高層ビルの最上階で行われていて 何人もの女たちが薄くて軽…

794

久々に葡萄酒を買った 飲むのは蒸留酒ばかりなので 料理に使うため 魚介の酒蒸しが好きなのだ 日本酒のそれも好きだけど 柔らかい白身の肉なら 白葡萄酒が良いと思う 別々に食べてももちろん美味しいけれど そういえば エスカルゴの缶詰を見なくなってしまい…

793

毒という字と妻は似ているけれど ゴケグモの名前は咬まれるとその毒で死に至り 後家を迎えることになるというのが俗説にある でも実際は英名の Widow spider をただ和訳しただけ 交尾後に雄を食べて未亡人の蜘蛛になっちゃうからだって 悲しい 何年か前 男や…

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裏庭に杏の花が咲いていた 白い雪のようだが 若葉も一緒に芽吹いているので爽やかな色合いをしている 実ったことはまだない 一本しかないから 受粉のしようがないのだったさて 蜂蜜が冬に結晶化したまま 一向に溶ける様子を見せない 白くて固いバターのよう…

791

理由があってスープに入った肉を食べられないというので 代わりに食べて 僕のデザートに添えられたメロンをあげた これも理由があって食べられないのだけど 彼女は嬉しそうに 一番にメロンを食べて 間に苺 キウイ 生クリームのついたプリンを食べて 最後にも…

790

北方のケルキパ共和国では 春に咲く喇叭のような花被片がついた黄色や白色の花 そう細い葉が根もとからすらすらと伸びるあの花のことを 『復活祭の百合』と呼んでいた 移動祝日なので 咲いていない年もあったけれど 大体この時期には咲きはじめている 外はま…

789

服も口紅もしっくり来なかったのでそれはわたしの色ではなかった 毎日見ている顔なのだから似合わない色くらいわかる ただ機会があれば試すのは大切なことだ 思いがけず似合うことだってあるのだから 知らない間に味覚が変わるみたいに 結局 食料品店で生魚…

788

山際の村は彼方此方が桜色 わたしは花が散ったはしから 伸びてゆく青々とした若葉が好き 穀倉地帯が一面緑になるのも嬉しい 夜がどんどん短くなって 光が世界に溢れる季節はなんて健やかなんだろう

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くだらないことは日記に書けばいいので ここにはくだらないことしかない 本当のことを書けば愚痴なるから書きたくない いらいらするのはPMSだけど 高層マンションの非常階段を見ても「あそこから落ちたら死ねそう!」とは言わなくなったし 恋人に当たり散ら…

786

復活祭の飾り付けをしようと思ったのに あのカラフルな羽根がもうどこにも売っていない 仕方がないので 家にあった餅をこねてつけることにした 紅も混ぜて 白いのと互い違いにつけたら 正月飾りになった ウサギの形をしたチョコレートを手にした子供「どうし…

785

愛されることは難しいけど 愛することは出来る 或いは愛されていることが前提であるので 信じていれば その存在を心の何処かにおいておけば きっと安らかに眠ることが出来るだろう 闇の中で目を覚まし震えることもなく 遠い山並みから朝陽がのぼり 空が白ん…

784

透明のビニル傘に花弁がくっついて ちいさな模様が出来ているのは綺麗だと思う 霧のような雨には 花の色がうつり ロゼ・アンペリアルの雫のように輝いている 草の上で私たちは春の訪れに祝杯を捧げた

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フランス語の辞書を買ったので 目についたフランス語っぽい単語を調べるようにしている 可愛い雑貨屋さんの柔らかなビニール袋に書かれていたのは 日本語と同じ意味の花の名前だった そのしたに書かれた mon jardin secret という言葉 わたしの秘密 どんな秘…

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雨の匂い 錆びた欄干沿い 湿った草叢の柔らかさよ 花びらが散る 風が吹くたびに 揺れる木から はらはらと追われるように落ちる 川はもう水門の柵が 薄紅色で一杯に押されて それでも開けられることはないけれど 沈むことも出来ないで揺蕩うばかりで夜は更ける

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高級な出汁を使ったら味噌スープが料亭の味になった えーそんな まさか ほんとなんだなこれが どこの国でも その地域の美味しいものがあるけど 味噌スープが美味しく頂けるのってほんと幸せ でも小籠包は台灣で 玉葱スープはクラクフが一番だと思うし ストッ…

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とても愛されていることを伝えられたとき それに応じられるだけのことが出来なくて 初めて妥協という言葉の意味を知った そんなことしたって何にもならない わたしには身籠もる資格もない 過ぎてから初めて その季節が儚く 美しかったことに気づいて悔やむの…

779

ハイスクールで教師からスカートの長さと髪の色をしつこく確認されていた彼女たちの多くは なぜか秘密を話したがった 誰にも言わないで欲しいという言葉のままに わたしはなにも言わないで しばらくの間だけ記憶したあと すぐに忘れたしまうから 秘密を打ち…

778

梅と桜の花が一度に咲いたので それを眺めながら八朔を食べた 迷える羊が来たなら ひときれ分けてやってもいいなと思えるほど 気分が良かったけれど 誰も来なかった そういう場所なのだ

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嘘ばかり書いているので、エイプリルフールの今日は本当のことを書きます。 告知です。次の金曜日、久々に出演させて頂きますので、ぜひお越し下さい。 ***Friday 7th April 2017 ***大阪 関目FLEX ⋆ TOY BOX vol.27Start 20:00 Charge ¥1000 (1 drink付) 出…

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新しく建設されるマンションは 屋上に山があり その上に霊廟があるので 住人なら鬼籍に入ったとき誰でもその霊廟に祀られるということだった 墓参りは不要 清掃業者が毎日 掃除に来てくれる そもそも一人ずつに卒塔婆や墓標があるのではなく 大きな祠に骨を…

775

他人の痛みを解ったような気になる高慢さと 理解させようとする傲慢のあいだで 愛するひとの望む答えを さも心からの願いであるというように思いながら生きることを 幸福なのだという 「でもそれって本当なの」 「もちろん」 「あたしがどんなに傷ついている…

774

お互いに名前を覚えていなかったので 彼はわたしを "du" と呼び わたしもやはり "du" と呼んでいたのだった 人称代名詞や 愛称ではなく 今更確認して名前を呼ぶのはなんとなく躊躇われたので あるときベッドの上でわたしは "Herr Niemand" と呼んだら 彼は驚…

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わたしはいつか あのひとがわたしではない女を幸せにしたとき 妬まないで済むようになるべきで それはわたし自身が幸せになるということであると思うけど あのひとなしで幸せになるなんてことがあるのか疑問だし あのひとに関わる人々の関係性はともかく わ…

772

例えば記憶を上書きするなんてことは容易で 元から覚えが悪いから消去してしまうことだって可能ではあるのだけど 今のところまだ約束は守っている 誰と指切りをしたわけでもないわたし自身との約束 守っても破ってもどうにもなりはしない秘密

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雨で布団が干せなかったので そのままベッドの上で過ごした 夕方 夢の中にピンク色の髪をしたあの子が出てきてとても嬉しかった 一緒に電車に乗ってたんだよ ほんとうに可愛かった あと20センチ脚が長かったら わたしもヴィクシーのエンジェルになりたかった…

770

もう清らかでなくなった関係において わたしはあのひとを愛し続けている そのことが誰にも知られませんように

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煤けた桃色の髪飾りを買った 花のかたちをしたクリップでとても愛らしい フランス製の髪飾りはどれも普遍的な可愛いさがあり 他にも鼈甲色をしたリボンのかたちのバレッタとか 三日月みたいな細いピンとか 10年くらい使っても少しも痛んでいないし 流行遅れ…

768

誰に聞いても好青年と云われるひとがいて わたしは彼に会ったことがないから 形而上の存在となった好青年である彼に憧れ続けている 本当に誰からも悪い評判を聞かなくて 彼を知るひとはただ「好青年だよ」という (時々文頭に 眼鏡の という外見的情報もつく)…

767

近頃とても疲れている 春が来たらニルゲンドヴォ村へ帰ろう 緑きらめくわたしの故郷 もうそれほど多くのひとは暮らしてはいない 見離された最果ての土地 名前を奪われ 地図の上から消え去った場所 花咲き乱れたる最期の楽園 誰もそこから生まれないから 愛も…

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春の不眠は悲惨だ わたしは薄暗い部屋のなかにいて あのひとの面影を探してばかりいる 夢から覚めれば何時ともわからない闇のなか それの繰り返し 本当に嫌になる 寂しさで眠れないなんて嘘 あのひとにはもう夢でしか会えないのに

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よく晴れていたので 部屋の隅に布団を敷き 鎧戸を締めて寝ていた 寝ているときも含めて12時間なにも食べないのをプチ断食と呼ぶらしい 昨夜はすっかり吐いたあとで12時間以上寝たし 普段から週末はよく寝ているのだった 効果があるのかどうかは知らない ただ…