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風とか 光とか 水のこと 森の匂い 草むらの音 黄色い茸で籠をいっぱいにして バプチャは日暮れ前に帰ってくる わたしは国境警備の男と寝る代わりに 塩漬けになった豚肉を手に入れて冬に備える 寝台は燃えない 彼らはわたしの身体を愛撫しながら もっと肥りな…

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半練りの化粧品は金属的な光り方がまるで鯖の鱗のように鈍く光っていた 店員は早く帰りたそうな顔をしながら それが最旬流行色だという 冗談でしょう それは90年代の色味 サイエンス アンド フィクション あるいは サイケデリック フューチャー だけどやって…

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忘れたころにまた会って傷ついて 少しも学ばない 誰も笑うことすらしなくなって 違う日の話をする そしてやっぱり忘れていたことを思い出して後悔する 大したことじゃない あれもこれも ほんの擦り傷で絆創膏すら要らない なのにいつまでも膿が出る いっそ血…

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新月なので黒い服を着ている 夜に身を溶かし 生まれ変われるように でも新しいことなにも決めてない 白紙のまま黄ばんでゆく手帳のように なにも予定がない

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可愛くてチープな下着はすぐにくたびれてしまう 繊細というほどではないレース 絹のように見えるポリエステルシルク 彼はうきうきした様子でわたしの腰の紐を解き 脱がせたペールブルーの下着に頬ずりしながら この布地が好きと言ったから今日はパンツの日 …

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求めてはいけない ましてや縋ることなど許されるはずもない 愛してはいけない 望んでもいけない ただ拒まずにいることだけは せめて 世界の果てでいつまでも祈っています

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あまりに短い10年だった なにを成し遂げたのか いや なにも為すことはなかった ふたりの友人が自ら命を経ち また別の友人は双子を産んだ アロワナはまだ生きている 最低賃金はあまり変わらないけれど 煙草はかなり値段があがった 新人賞を受賞した若手は今で…

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本当のことを話しているときに限って 物語を聞いているみたいと言われるのは心外だけど ある意味では毎日が休暇中の冒険のようなもので そこへ嘘を混ぜるとちょうどいい温度になり すっと溶けてゆく 淹れたてのブラックコーヒーに 角砂糖を落とすように 誰に…

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急に寒くなったような気がしていたけれど もう9月も半ばだった 次の満月のころにはニルゲンドヴォにこの冬 最初の雪が降るだろう そして遥か北の山に落ちた雪のひとひらは枯葉のうえで 春がくるまでじっと溶けずに眠る

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輝いていた10代が懐かしく見えるのではなくて 今よりもマシだったというオチ 悪い報せが無いのはいいことだ みんなが満足しているなら 他人の不幸を探そうとはしないから 隣の芝生に除草剤を撒いたのは 見たこともないぜんぜん知らないひとだった ベランダか…

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プラトニックであることに理由も意味もない すぐそこに違う世界が並行して存在している かもしれない幻想 21世紀とは思えない砂埃の舞う荒地で 彼は砂糖黍の茎を歯で齧っている それは幼かったころの夢 より良い日々を送れただろうと期待するだけの

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化粧水とクリーム それからリップクリームを買うこと 色んなのを試したけど 結局 香りとテクスチャーが重要で 効果というのはどれも同じくらい良かったから 安いのを幾多も買ってあちこちで使って失くすよりずっといい 香りはするのが良いは限らないけれど …

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昨日みた夢には 10年くらいまえに親しかったひとがたくさん出てきて 少し懐かしいような気持ちになったけど 目覚めたところで 誰の連絡先も知らないことを思い出した 苗字が変わってゆく女たちのうち 何人かは元の名に戻した ニルゲンドヴォでは決してありえ…

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芝生に朝露が残っていたので そのまま靴を脱ぎ 裸足のままで歩いた 湿った草の温度と動物の匂い 太陽が遠くの山の端から登りだしている 静謐と黎明のひととき 鮮やかさはないが 色彩が明瞭であるということ 空は澄み渡り 雲のひとつもない

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遠い空に残っている積乱雲の白さが 夕陽で赤く染まり ほんの少し秋色になっている 田畑はもう豊穣のとき 農夫たちは健やかに育った稲穂を刈り取りにゆく かつてからここいらは やはり穀倉地帯であった 肥沃な土地であったのだろう 変わらずに人々が暮らし続…

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旅券を申請しながら あのひとの故郷のことを思い描いた 午後の陽射しは残暑のそれで しばらく坂道を歩いただけですっかり消耗してしまったが 休む暇もなかったので歩き続けた わたしが知らないあの人の暮らした町 あの人もまた わたしを知らない 名前を奪わ…

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何処へでも行ける 赤いトランクと革のブーツで 少年のように 時刻表をめくらなくても簡単に時間は調べられるし 電話をかけなくても予約だって出来る もう随分まえから大人なのだった

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ほんの少し生きやすくなるために自分を殺す 清流を流されるのは気持ちいい 行く先さえ定めてあれば ときには流れてゆくのも悪くないから 楽にして 「あの時死ねばよかった」と考えたことのあるひとですら 今まさに死にそうなひとに「もっと頑張れ」と言う 恐…

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薄皮一枚で包まれた果肉は滑らかなかたちを保ったままで発酵していた ナイフを差し込むと紅い皮の間から膿のように変色した実が溢れ出し 食べられたものではなかった 熟れどき を見極めるのは難しい 少しだけ残った白い実を舐めるように噛むと 眩暈をおこす…

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満月が近づいている 光が明るさを増すたびに眠気は酷くなり 温かな泥濘にはまるように眠気は激しくなる それは春の湿地帯で まだ虫はいない 花の香りはほんの少しだけ漂うような世界 誰も知らない場所に 初潮のあったときのことをわたしはよく憶えていて そ…

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バレエシューズはもう何足か買ったことがあり 何足か踵が擦り切れるまで履いてつぶした もちろん踊るためのものではく フラットシューズとしてのそれである 仏蘭西の有名なブランドではバレリーナシューズの名前で売られているが そうでなくても履いてもちろ…

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不思議な色の果物を買った 臙脂色の洋梨なのだけど レジで支払いの順になったとき 店員の女ときたら きょとんとした顔で けれど僕にもそれが何かわからなくて 多分洋梨だと思いますと答えた 僕はいったい何を買ってしまったんだろう?

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私たちのこと誰も知らない街へ行きたいね なんて どうだっていいんだけどさ 初めから楽園なんて無かったわけだし ねぇ あと数日のうちに君はまた何処かの海へ行ってしまう けれどもわたしは港へ行かない 旅券は間もなく有効期限が切れて使えなくなるし そも…

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物憂げな表情で遠くを眺める女が着ている白いカットソーは 滑らかな身体のラインを描き タイトスカートを履いたヒップへと続く 限りなく透明な色に見える肌色のストッキングで包まれた脚は黒いスムースレザーのハイヒールを履き 凛と佇むが その踵にはわずか…

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蝉はもう一匹も鳴いていない この辺りはアブラゼミしかいなかった ビルの間に僅かに残った空き地から生まれて 死んでいったのだろうか 夏の終わりに秋が訪れることに いつまで経っても慣れることが出来ない

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もう〆切が無いから急いで帰らなくてもいい。それはつまりあまぶんが終わってしまったということ。これが尼ロス。 去る8/27の日曜日、尼崎文学フリマ・あまぶんへ参加してきました。実は出店者としてこういったイベントに参加したのは初めてのことで、そもそ…

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美容院の予約をすること 家計簿をつけること 手紙を送ること それから A市へゆくための交通手段 (最も安全で迅速に かつ安価な方法)を調べること 寒くなる前に行かなければならない なにせ首都より北へ行ったことがないから どれくらい寒いか想像もつかない…

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夏の弔いに似た残暑の陽射しが照り続くけれど 終わりの日は近いので もう綿の木は育たずに 枯れてその実を爆ぜさせるだけ いまから10年以上まえのことになるが 私たち家族が夏中乗り回していたボートは 「キイロ4号」という名前がついていた 隣に住んでいた…

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酷い頭痛がしている 天気のせいなのか 寝不足がたたっているのか なにもかもうまくいかない どうしようもないことだった

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20年来の友人がくれたルージュは 信じられないほど赤くて 一体どんな顔に塗るんだろうと思ったけれど 彼女は 貴女につけてほしいのと言った 思いのほか馴染んだ真っ赤なルージュは はじめ 娼婦のような妖艶さが感じられたのに ほんとうは気の強いマドモアゼ…