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昔 裏の家に神様が住んでいた 木造平屋の小さくて粗末な造りの家で その傍には古い桜の樹があった 日に片手で数える程度しか汽車が来ないちいさな村だったが 月に一度か二度 大勢の人々が神様の元を訪れた その時ばかりはまるで祭のようであったが 誰もが粛々としており皆が家に入りきると 締めきられたはずの薄い木戸の隙間から 知らない言葉の不思議な唄が聴こえたものだった 

裏の家に住まう神様は魔法使いではないので 病を癒したり お金持ちにさせてくれることは出来なかった けれど街では未来をみることが出来る人がいると評判があったらしい 幼かった私はそこで何が起きていたのか知らなかった 家のなかを覗くのは失礼であるからと 木戸が開け放たれた日にも 親の言いつけを守り 薄暗い室内が見えるまで近寄ることはなかった


神様が死んでしまってもう何年も経つ

質素な平屋は壊され 桜の樹も倒されて 跡には死を待つ人々のための施設が造られた 私の家ももうそこにはない 残っているのは薄桃の霞が吹き去ったあとで青々と繁った葉の大木と 更地になり何もかもなくなってしまった短い冬にみた一面の雪景色の記憶だけだ 神様の御姿は永遠に知らない