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鉄琴の音色がエスカレーターに乗り 地下まで運ばれてきたので 折角ですから 外の公園で逃がしてやろうと 唇で啄ばみますと 勝手に脚がステップを踏み始めたのです 思わずふらついて 前にいた三つ編みおさげの女の子の肩に手をついてしまうと 彼女はショーウインドの鏡越しにウィンクを送ってきました わたくしの斜め前を歩いていた白髪のカーリーヘアが素敵なご婦人も 花柄のステッキを腕にかけて シャッポを被った紳士の肩に背後から手をかけ 試食の林檎を齧っていた双子の子供たちも みな 気付けば列なりながら その不思議なメロディを口ずさんでいるのです 百貨店の大きな自動扉を出るときには そこら中がもう 微笑み合いながら 唇を震わせていたので 公園にも バス停にも 軽やかなステップと 異国のメロディが溢れておりました

間も無く休暇がはじまります いちばん長い夜を過ごせば あとはまた 春がやってくるのです・・・