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あなたが去ってしまってからというもの この街から冬が消えてしまいました 田畑は霜が降りることなく泥濘み 水溜りは凍らないので 滑って転ぶこともありません 三つになる甥っ子と雪遊びをしようと 去年の末に買って置いた赤い橇は 物置に置いたまんまです

あなたはまだ覚えているでしょうか わたしたちふたりがこっそりと逢った日 雪で汽車が遅れたために 猫一匹いなかった駅の待合室で初めて口付けを交わしたときのこと わたしの手が震えていたのは 寒さの所為だけではなく 歓び 或いは感動のためでもあったのですが そっと手を握り 温めてくれましたね

あなたの言った言葉をきっと忘れないでしょう 暖かくなればまた帰って来るから きっと迎えに来るからと 西へ向かう汽車に乗り 行ってしまった 星が煌く美しい夜 やがて氷が溶け 花が咲き 鳥は歌っても あなたは戻りませんでした 夏が来て 陽に灼けた肌が赤く火照り いつしか小麦畑は黄金色 野山に果物が実って 収穫祭が終わり しかしどの山の峰も白くならず 洋品店の主人は 北方で手に入れた大量の貂の毛皮を 持て余し 火酒の売れ行きは悪くなり じゃが芋にはどんどん芽が出ました つまりどれだけ待てど冬が来ないのです 真夜中に窓を開けても そよぐのは西から吹くやさしい風ばかり ねぇ あなたは何処へ行ってしまったのですか 冬を何処へやってしまったのですか 寒くもないのに わたしの手足はどんどん冷たくなってゆくのです はやく はやく どうして此処へ来て 手を握ってくださらないのですか

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