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喫茶店で初めて珈琲を飲んだのは 幾つだったか覚えてはいないけれど まだ椅子から降ろした足が床に届かないくらいのときで 砂糖を入れるなら ココアかジュースにしなさいと言われ 私は苦くて黒いままの珈琲を飲んだ いや苦いなんてことはなかった 私はそれ以来ずっと珈琲が好きで 早くおとなになりたかったころは 毎日がうんざりするほど長く 夜が来るのが遅くて ベランダに出てこっそり煙草をのんだ 珈琲と煙草はすてきな組み合わせだった 早くおとなになれるような気がしていた

 

20歳になるまえから 情緒は穏やかさを失い 安定しないことが尋常になった 夜ごと腕を切り 血を流しては おとなになるまでに 死のうとしていた わたしは成人式へ行かなかった 「あの子は紅い振袖が似合うだろうね」と いないところで相談した話など 聞きたくもなかった 絶対に おとなになりたくはなかった 式へ出ようが出まいが 齢はとるものではあるけれど けじめだからという理由で つまらない騒ぎへ顔を出し 嫌な思い出を増やしたくなかった 雪の日 わたしは工場のアルバイト 白い石油ストーブの灯はぽっぽと燃えます 三時の休憩には 人数分の缶コーヒーを湯煎して温めるのが わたしの役目 はじめから砂糖がたっぷり入った甘いコーヒ― 女たちはマスクを外して車座になり 煙草をのみながら休憩をする 若くして妻になり 母になった女たち 誰よりも強くならなければならなかった彼女たち わたしは端のほうで 娘の振袖姿愉しみにしていた母のことを思い出し 憂鬱な気分 着飾った同級生たち あんたたち良かったわねぇ 親孝行出来て良かったわねぇ どうしてこうなっちゃったんだろう ストーブで暖まると 長靴のなかで爪先がどんどん痒くなる そろそろ仕事へ戻らねば この煙草が燃え尽きたなら わたしはおとなになって 集荷のトラックやってくる 外は一面雪野原 果てしなくつづく

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