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父は極東の港街で生まれた船乗りだった 両親は鰊漁で財産を築き 家は鰊御殿 見晴らしのよい丘の上に立つ 親兄弟を殺された鰊たちの襲撃に遭うまで束の間の平和 父が10歳の誕生日 嵐がやってきて つまりそれは 鰊がけしかけたものだった 大量の鰊と塩辛い水で押し流されたお城のようなお家 命からがら泳いだ少年は 防波堤の上で三日三晩泣きどおし それから彼は海を離れて 広い大陸で 国境線を護る軍隊に入った そこなら食う寝る困らずに済む 春夏秋冬幾度か繰り返し ある晩 慰問にきた女優 華やかな街から来た美しい女と恋に落ち ふたりで国境線を越えた 鉄砲を持った 仲間たちが 怒って追いかけてきたが 鰊の大群が押し寄せてきたときと比べれば どうということはなかった