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街を真っ白に壊すような寒波が来るというので 街ゆく人々は 爪先から頭まで完全に身を隠し 闇のなかへ逃げ込みはじめた 無色透明の木枯らしは厄介だ 針葉樹の森を駆け抜け 凍った池の上を滑り 河川敷に不法投棄された哀しみを残らずさらって 残酷な悪魔の斧のように冷たくなり  閉めたはずの窓の隙間から こっそりと忍び込む 玄関を無言で叩くのは憐れな旅人ではなく 極悪非道な連続殺人鬼であることを 知らない者はいないが 油断は禁物だ 黒貂の毛皮のように艶やかな娘の髪を 屈強な若者のしなやかな褐色の筋肉をも 霜で凍させてしまうから 悴む指で燐寸を擦り 火をおこさねばならない 焚火は音を立て 薪は静かに燃えはじめる 何千年前もの昔から 変わらない方法で 

火酒は凍らない 流れる河は 波を立てたままの姿で凍っても 硝子瓶のなかの液体は 緩やかに微睡んでいる 緑色をした妖精の伝説を あなたは火の傍でこどもたちに語り継ぐ もう何百ぺんも繰り返された昔話をみな既に暗誦してはいるのだが 共に角砂糖を囓り 銀の匙を揺らしながら 飽きることもなく 耳を傾けている 夜が明けるまで いや 冬がおわり 世界がひかりに満たされるときまで続けられるだろう その間わたしは 眼を閉じて 祈りを捧げている
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