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「Mという詩人を知らないか」

向かいの席に座った青年が 大きな銀色のスプーンでオムレツを崩しながら尋ねた
「誰それ」
いつだって行方を眩ます者は多い
 
気になったので あとから調べると 数年前にMの詩を読んでいたことがわかった (本当にすぐ忘れてしまうのだ) しかしなにかの拍子に ふと誰かを思い出すことがあり それは美しい絵画や 珍しい銘柄の煙草であったり 或いは数字や 文字のかたちであったりするが 彼の場合は イベリコ豚だった 既にMの名前すら忘れていたのに 食料品店でイベリコ豚を見るたびに 思い出すひとがいて 彼こそがそのひとであった
 
当時はまだ居酒屋にアヒージョは無く パエリアは少しオシャレな料理だった
 
「彼を探しているんだ」
青年は遠くを眺めるような眼で言った
「どういう人なの」
「ものすごいプレイボーイらしい」
おそらく何かを思い出しているのだろう
 
その時 わたしは ふぅん と言いながら 運ばれて来ないメインディシュのカツレツのことを考えていたのだけれど
 
いつか 彼に会うかもしれない
何処かの酒場でフラメンコを観ながら イベリコ豚を食べることだって 無くはないのだから
 
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