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一線を越えてしまったひとが 照れ臭そうに その夜のはなしをしたので わたしは手を叩いてはしゃぎながら相槌を打った そうすることも時には必要だから 窓の外には欠けゆく月 満ちることのない下弦に近づいてゆく 空はまだ 明るい


わたしが生まれる前の今日 チェルノブイリでは大変な事故が起きて わたしが北方の国で暮らしていた頃 東京でひとりの女性編集者が飛び降り自殺をした ということに何の因果関係も無いのだけれど 20歳までに死のうと足掻いていながら 彼女の齢をとうに追い越してしまった いま わたしはもっと 美しい世界をみたいと思う それは 地球上のあらゆる絶景と呼ばれる場所ではなく たとえば半径5mでも 或いは視力0.7の裸眼で見える ぎりぎりの遠さまででも構わないのだ

けれども 半径5mの世界で 深淵をのぞくことよりは まだ知らない 想像も出来ないほど 美しい景色を眼にすることのほうが好い それは白夜の国で あまりにも長く夜に包まれてしまったせいなのか 新月がはじまりでありながら 一切のひかりを 地上に注がないからなのだろうか
ヴォトカはよく冷えているが わたしの身体を温めてくれる しかし 心までとはいかないのだった
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