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ヴォトカ流れる河のほとりで

Das Tagebuch der Lily Mercury

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若き日の もっとも美しいとされる時期 それは夏だった 夜明け前の空を覆う 青いかがやきの連続 露に濡れた草むらのように きよらかで まだなにも知らなかった 彼女は 新しい母親から 新しい母の味を受け継ぐ いや本当の母のことは ほとんど憶えていないから それが彼女のつくる母の味になるのだ 真珠糖のたっぷりかかったシナモンパンも 森で詰んだ黄色い果実のジャムも 湖岸で彼女の父親が釣り上げた虹鱒のムニエルも なにもかも まだ若い彼女は知りたいと願う 過ちも 毒や危険でさえも それが可能であろうとなかろうと 

時間は永遠だと思っていた 夏の日から 何十年も経ち 娘は台所に立ち 古くなったがしかし よく研がれた包丁を使い 魚を捌く 冷たくぬめる内臓を素早く取り出し 味付けをして 自分だけのために あの夏の日の味を 思い出そうとするのだった

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