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下着屋にて

女が水色のレースでつくられたブラジャーを手に取り 女の店員に試着を依頼したのち ストラップの長さを調整させている

 

店員 「赤い下着はお持ちですか」

女     「いいえ 昔は」

店員 「わたし これの赤色を買ったんです クリスマスシーズンの新色ですよ」

 

女 無言で試着した下着の具合をたしかめるため 上半身を傾けたり腕を上げ下ろしする

 

店員 「お着替え済みましたら お声かけくださいね」

試着室の二重カーテンを開けて店員立ち去る

 

 

なんだって下着屋の試着室は嫌なところなんだろう 照明は身体中の傷や痣を浮き上がらせるし 鏡はよく磨かれたのが部屋の2面に貼られているから背中も たるんだ二の腕も くびれのない腹部もうんざりするほどよく見える 痩せていたって肉体は衰えるもので つまり弾力の失われた皮膚は脂肪の有る無しに関わらずたるんでゆくのだ それにしても「若い頃は良かった」という人が羨ましい 良かった若い頃なんかなかったから

 

でも赤い下着を持っていたのは若い頃のはなしだ 総レースのセットアップを『勝負用』として使っていた とはいえ本来の勝負ではなく 面接や試験のある日につけていったのだが これがなぜかよく効いた 信じがたいことだけれど 赤という色が自信を与えてくれたのかもしれない

 

女 着替えを済ませて二重カーテンを開け 試着室から出て来る

 

女     「すみません 一緒にショーツも欲しいのですが」

店員 「ございますよ こちらはショーツか ティーバックが…」

女     「ショーツをお願いします」

 

総レースのショーツはくしゃくしゃの炭酸水みたいだと女は思った こんなものは 贅肉を寄せ集めることも出来ないし 温かくもないし 何にもならない ただ 綺麗で 繊細で そういったものを身に纏えることは幸せで 愛おしい気持ちになる それだけなのだ