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銀杏の樹に特に思い入れはないし 銀杏もそれほど好きではないものの 何故か記憶には多く残っている 例えば幼少期 叔母と訪れた北国のちいさな社のこと 高校は学舎の門から下駄箱のある玄関まで道の両側に植えられていたこと 落ちていた実を踏んでしまい その臭いに参ったこと 学生時代に好きな女の子と歩いた御所のこと まるで天国みたいだった 昼の12時過ぎ 砂利道が落ち葉で一面黄色く 明るくなり 静謐とはまさにその状態だった わたしは彼女と手をつなぎ 枯葉のうえを滑るようにして歩いた 一重まぶたの大きな眼の彼女は ドイツ軍払い下げの上着と背負ったギターケースがよく似合っていたことまで覚えているのに わたしたちは知らぬ間にはぐれてしまったようだ あまりに清らかで 激しい流れに身を任せるうちに