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感冒が蔓延しているので部屋のなかから ひとり またひとりと隔離されてゆく 酷い熱が出たという男は 今朝ようやく帰ってきたばかり

 

学生生活も残り僅かなとき 恋人の母親が還らぬ人となり 彼の実家がある村 -そこは初めて訪れる場所であり 彼自身も久々の帰郷となった山奥にある小さな集落だった- へ行き葬儀に参加した 恐ろしく寒かったが好天が続いていたために峠を越えることは難無く出来た それでも朝に町を出たのに 到着は昼の出棺間際になってしまった なぜもっと早く来なかったのかと老いた父は息子を責めた 親不孝な息子が「もう死んでたから」と呟いたのが わたし以外に聞こえなくてよかったと今でも思っている

 

町へ帰って先に熱を出したのは恋人だった その翌日にわたしも発症して三日三晩 ふたりで魘されたのであるが どちらも違う型の感冒であったので其々別の所で感染したのだろう しかしどうでもいいことだ

 

酷い熱を出した男はすっかり回復し 臥せっていた間のこと 病院のこと 薬のことをべらべらと話している わたしは少し離れた窓辺で雪が降り出した外を見ながら 昔の恋人のことを思い出そうとした 蒸発して6年経つ

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