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ヴォトカ流れる河のほとりで

Das Tagebuch der Lily Mercury

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普通のセックスという幻想

 

18歳のときが初めてだった 処女懐胎をしなかったのは聖母として選ばれなかったということ

 

痛みについてはよく憶えている どうして出血には熱を伴うのだろう? 挿入 裂傷 破瓜 摩擦 摩擦 そして摩擦 泣き叫ぶわたしの口を抑えながら男は腰を激しく前後に揺らし「煩い」と言った

 

別の男は「もっと叫べ」と喘ぐ声を愉しんだ 頬を殴られたときに奥歯を噛み締めるのは 口腔が歯で切れないようにするためだなんて 知りたくもなかった それでも慣れるとどうということはない 叩く方も叩かれる方もすべて演技なのだ

けれども乳首を咬まれたら 悦びの悲鳴をあげて脚を絡ませながら 身体の奥底を締めなければならない どれだけ擦り切れて傷んでも どれだけ痛みで力が入らなくても それは加虐趣味のある彼にとって然るべきことだから

 

或る男は頸を絞められることを好んだ きつく絞めるとすぐ絶頂にいたるので 調整が必要だった 「もっと もっと強く」とねだりながら わたしの手首を握る男を冷ややかな視線で見下ろす 恍惚 官能 射精 放たれた精液はシリコン製の薄い避妊具のなかで白く濁る

 

わたしは狭い浴槽のなかで独りである

肉体それ自体が魂の牢獄であるというのが事実ならば 死によって初めて自由を得られるのであるが 自ら解放させることは感じられている なんという不幸なのだろう!

 

普通のセックス 普通の家族 普通の生活 あらゆる偏見と固定概念でつくられた愛と人生を願う 産まれなかった神の子を望む 普通の姿をした男たちに神の御姿を見る 血で汚れた手を胸のうえに重ねて祈る 狭い浴槽のなかでわたしはひとりである 冷めきった湯にふやける肉体が憶えている いつかの夜に 幸福であったという記憶だけが繋ぎ止めているのだろうか 鉄で出来たワイヤーのように 細く 鋭く

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