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彼女が死んだのは新月の朝だった それは きっと 彼女が何処かであたらしく生まれたということ やり直すことが出来たということ 死は結果ではないというふうに考えるほかにどうしようもなかった 事実死は結果ではないのだ 彼女の生きた30余年の日々のうえにただ一度だけ訪れた出来事として存在してはいるけれど 彼女が遺していった思考や 愛や 言葉や それにより影響を受けたひとびとがいる限り 死が彼女のすべてを打ち切ってしまうわけではないのだから

或いはそのように 死がすべてを終わらせてしまうことが出来たなら 関与するあらゆること一切が消滅してしまうのならば それはそれでよかったのかもしれない 誰かの死を嘆き悲しみ弔うという行為が無い世界で 生だけを尊ぶとしたなら 本能だけで殖えてゆけるだろうか 文明も思想も発展することはないだろう

 

夢のなかで彼女は「泣かないで」と言った そうすることは簡単ではなかった

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