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早朝 エンジンの音で目が覚めたので カーテンを開けるとインターホンが鳴った 新聞配達人なら無言で立ち去るのだけれどと 窓を開けて階下を覗くと 青いコンバーチブルに乗った夏が来ていたので 手を振ってすぐに行くから と 慌てて階段を駆け下りて扉を開けた 夏は真っ白な砂のうえに置いた 櫛形に切ったオレンジのような唇で笑いながら立っていた ねぇ久しぶり やっと来たよ 早朝 わたしたちは小声で話す どうしてたの どうって スードの方へ行ってたのよ あちらが今度は寒くなるの 夏は左の手首につけた時計を一瞥すると もう行かなくちゃと言った ゆっくりしてけばいいのに と応えた そのように会話をするようになっているから 夏は 当分ここらにいるからまたね とウィンクをしてコンバーチブルに乗り込み そのまま海岸のほうへと走り去って行った 見送ってから玄関に戻ると 蝉が脱皮をしていた まだ緑色に透き通っていた