1089

部屋のなかに沈んだ空気とひかりで あの人の面影を明確に思い出すことが出来る ヨカナーン もう長い髪を切り 独りで旅に出ると決めていた大人の男だった 夜明けから日没まで働き 税金だって納めていたし 彼の生き方は寄り道ではなく すべてが神話へとつながる人生そのものだと確信していた ヨカナーン わたしは彼のブラウスのボタンを上から一段ずつ外し 女性誌で覚えたやり方で彼自身を愛撫した 吐く息が白く混じり合う冬の午後 あの人はわたしの眼を見つめ正しい撥音で愛の言葉を囁いた ヨカナーン 運命のこども 選び抜かれた聡明で美しい若者 やがて世界中で名の知れた賢者になるだろう 大勢の報道陣に囲まれて 焚かれたフラッシュが彼の眼を瞬かせるとき わたしはあなたの薄い唇を思い出す きっと

悲しくて泣かなかった あの日も 今日も