1231

何年も前に殺した女の名前を検索する 彼女の名前も顔写真も検索結果に表示されないことを確認して安堵した もう彼女はいない 人は肉体が滅ぶ生物的な死と 存在を忘れられたときと二度死ぬというが 彼女はほぼこの世から消えたといえよう あとはわたしが忘れるだけだ

直接的な死因は誤飲だった 林檎に毒を塗ったのを食べさせたのだが 効果があるかないか判らないうちに喉に詰めて窒息してしまったのだ 7人の恋人を自死に追いやった女には不適切なほど生温い死様だった もっと もっと苦しませて殺すはずだったのに 全身の筋肉が弛緩し 回らない呂律で助けを求め それでも明瞭な意識のうちに わたしが誰であるかを教えて 恐怖を味わわせながらあいつが大切にしていた鏡をぶち壊すところを見せてやりたかったのに 驚くほど呆気なく死んだ 血の気がひいて土色になった肌は醜かった もはや誰もなんの畏れも抱かないほどに

わたしは救急車を呼び 母と林檎を食べていたら喉に詰めて動かなくなったと言った 駆けつけた救急隊員は年老いた往年の銀幕女優に蘇生の可能性がないことを確認すると何の疑いもなく お気の毒ですがと泣きじゃくる小娘の肩を抱き それから警察が来て わたしを見るとこれから生活を送るあてはあるのかと心配までしてくれた 余計なお世話だとはいわなかった ちやほやされるのは大好きだから あの女の血を引いていることは紛れもない事実だった それでも 忘れられるのだろうか 脈々と流れる河の水が絶えることなく 枯渇する日が来るのだろうか 鏡に写る女はわたしか あの女か 誰も答えない