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むかしよく遊んだ森が どこにあったのかわからなくて 調べようにも名前を知らないし そもそも名前があったのかもわからない 友だちと誘い合わせて行くときは「あの森で何時に」と言えば 森の入り口で時間通りに会うことが出来たからだ
森は国境沿いにあったので 入り口のちいさな詰所には警備隊から派兵された番人がいた クルマバソウが茂る草叢に建てられた赤い煉瓦造のちいさな建屋で 髭もじゃの隊員 -詰襟の制服を着て 銃剣を携えていなければとても警備隊には見えない純朴そうな若者とその父親くらいの老人だった-ふたりが 「柵の向こう側に入るなよ 行ったら最期 小鬼に食べられてしまうからな」と言い 機嫌の良いときには固いビスケットをくれた 保存がきくようによく焼かれていたのだ
柵の向こう側に行っても小鬼などいないと知っていたけれど 誰も乗り越えようとはしなかったし 向こう側に暮らす子供がこちらへ来るのも見たことがなかった それは つまり こちら側に暮らすわたしたちが鬼の子として恐れられていたからなのだけど それを知ったのは随分と大きくなってからのことだった