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ストロベリーでも ヴァニラでもない 甘い香り わたしはこの香りを知っている 有名なブランドのパルファンや 最初は珍しかった 近頃流行りのフィグやポメグラネートのフレグランスでもない もっと身近で懐かしい そしていかにも合成されたという安っぽい香り わたしはこの香りが嫌いではなかったけれど 好きになることもなかった
Kくんがくれた子供用のリップスティックは わたしがそれほど好きではなかったウサギのキャラクターが描かれていて 透明のキャップを外してケースを開けると 銀色のラメがぎっしり練り込まれたフューシャピンクのリップが繰り出されてきた かさついた唇にのせると ラメはぎらぎら光り 申し訳程度に薄いピンクがついたので 学校へはつけて行けないわね と母は言い わたしは制服のポケットの中に入れて持ち歩き 下校して帰り道 誰もいない田圃道のなかでこっそりと塗った そう あのときの乾いた冬の匂いと風の音が聞こえるような気がする あのリップスティック まるで気に入らなかったけれど 大好きだったKくんがくれた初めてのプレゼント その香りだった