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まだ風がとても冷たいけれど 食料品コーナーには春の便り 小さいけれど丸々とした蛍烏賊と固い蕾の菜の花をひと束 籠に入れながらあの人のことを思い出して 春が来るまでに会おうねって話してたのに もうほとんど春じゃん なんて

20年前の今日は 朝から雪が降っていて とても寒かった 北国ではどの窓や軒にも大きな太い氷柱がぶら下がり 穀倉地帯にはゲレンデのように上質な粉雪が積もり続けた冬だ ジャトカは病院で ずっと付きっきりだった親族が目を離したほんの一瞬の隙をついて息を引き取った 春を待たずになぜ急いでひとり旅へ出たのか という句を詠んでくれた人がいたけれど それが誰だったのか はじめから知らない 春が来たとて元気になる見込みなどもうなかった 水仙のむせ返るような芳香 リノリウムの床を歩くぺったんぺったんという音 茶色く酸化した林檎 皮と骨ばかりに痩せたジャトカの手は それでもまだ温かだった 永遠に春が来ない病室で


私信:冬眠から目覚めたら連絡ください もう菜の花が美味しいころですよ