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煉瓦で出来た城のほとりを 女とふたりで ひたすら歩いた 目的は無かった 門は叩いても 開かれなかったし 掟は掟だった (破ることの代償はあまりに大きかった) よく見るが名前を知らない 背の高い樹々の通りを抜けた頃には 昼過ぎだったけれど まだ歩き続けて 何処かの酒場で葡萄酒を飲み また歩いた 陽が西に傾きかけた頃 やっとその日初めての食事をとった 筋張った白い肉をよく咀嚼して食べた 彼女は顔をしかめながらほとんど水で流し込んだ 店を出ると辺りは一面の闇に包まれていたので 灯のついた建物を目指し 足早に歩いた

暗くなくては絶対に入らないような 見窄らしい粗末な造りの建物に入ると 派手な花柄の暖簾からよく肥えたしみだらけの腕がにょっきりと生え出たので 僕らは宿代と引換に部屋の鍵を貰った 湿気った黴臭い部屋に入り 彼女が寝台に腰掛けて靴を脱ぐと 爪先と踵が血で汚れているのが見えた

僕には行きたい場所も 帰るべき場所も無かった 戦争に行くのは嫌だった けれどそれ以外に求めるものすら無かったから 何も与えられなかったし 彼女は 満たされることも 満たすこともない僕を受け入れながら 何度も僕の名前を呼んでいたけれど 欲しているわけで無かったのは明らかであった 足を痛めた彼女は馬車で家に帰り 間も無く徴兵を終え帰国する許嫁と結婚式を挙げるだろう 靴擦れた足を思い出しながら 明くる朝 僕はひとりで宿を出た 此処は目的地でも出発地でもないのだった
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