Entries from 2018-04-01 to 1 month

1171

満月が雲に覆われて闇が広がると 眠りを覚ました死者が ゆくあてのない魂が 喪った肉体を求めて屍重なる丘を漂いはじめる 生と死が対極に存在することでないのは確かだが 羊皮紙の表と裏 または丁字路の右と左のように異なることも事実であり 入り混じったと…

1170

触れられない存在がより一層遠ざかってゆく 倦怠はなにも産まない なにも育たない 進むことも戻ることも出来ないのは はじめから一度もそこにいなかったから 川面を躑躅の花が 桃色の小舟のように流れてきて そのうち波にもまれて消えていった 赤子の丈ほど…

1169

「きっとまた会いましょうね」 わたしたちは固い握手をして別れた その女の皺だらけだが白く美しい手は 90歳で死んだバプチャと同じく 余分な肉こそないもののある種の柔らかさがあり すべすべしていた 年寄りの手は大抵乾いている わたしもいずれそうなるの…

1168

記念日が増えすぎて 今日が何の日かわからないままケーキを買ってきた ホワイトチョコレートのプレートに描かれた Bon anniversaire !! の文字 ガレットを焼く大柄な男の手さばきのしなやかさ 迷うことなく 躊躇うことなく 作られてゆく料理を横から眺めるの…

1167

窓から見える新緑が眩しい 朝から夜まで一歩も外に出ないかわりに 大きな一枚ガラスの窓で街の様子を見ることが出来るのだ 公園の欅は伸び伸びとその葉を繁らせ 風が吹くたびに揺れる きらきらと 音なんてなにも聴こえてはこないのに さらさらと

1166

見たくないものが多すぎて少しばかり閉口している 同調圧力については誰もなにも言わないで その他大勢のひとりとなって一斉に攻撃をする どうなるかも考えないで なんて どうでもいい わたしは黒いドレスが好きなだけ 黒は一色に見えるけれど 実は様々な色…

1165

家人からK市の土産にと傘をもらった とんでもなく派手な柄をしていて 一度さしたなら印象に残ることは間違いないし そもそもどういう格好のときに使うのかわからないほど目立つ 別に傘の有名なところではないし わたしが傘を使わないことを知っているはずな…

1164

夢で見た水色の流動体がなにであったかなど当然わかるはずもないのだけど 今にも吐き出しそうに うずくまりまるめた広い背中が震えている 或いは彼は口から産卵する 悲しみの青で染まったゼラチン状の憂鬱は ほんのすこしの希望で明るく透きとおり 端正な明…

1163

布団カバーを洗った オレンジの花柄とブルーの花柄のを交互に使っていて どちらもガーゼで作られている とても気に入っているけれど 何年も前に買ったからもう同じのは売っていない あの頃 枕カバーとシーツもお揃いのがあって ピンクの花柄もあったけど買わ…

1162

暑くなると聞いていたので 上着を羽織らずに出かけた 半袖のブラウスを着て円形スカートの裾を躍らせながら歩くのは気持ちいい 去年のことをまだ覚えてるかしら こんな日がずっと続きますようにといつも願っていて でも それ以上に素晴らしい日が訪れるかも…

1161

きっとまた冗談みたいにふらっと現れて しばらく当たり前のようにそこにいて またいなくなる そのことを嘆いたり怒ったりしないでほしい そしていないときこそ 限りなく近いところに存在していることを信じてほしい 囁かれる甘い言葉を疑うように 目に見える…

1160

去年の春 もうほとんど夏みたいに暑い日に 海沿いを走る電車に乗って若葉の山へ行った 空は青くよく晴れていたし 眼前に広がる平野もやはり青かった ミドリとアオについていつか話したことがあるひとを夢に見た 信号機の色は緑でも青というけど 青魚は青い …

1159

菜食主義者を娶った男と食事へゆくときは 肉を選ぶことにしている なんでもいいですよ という彼が 妻の前では絶対に肉を食べる姿を見せないことを聞いたからだ わたしも事情があって家では肉を食べられないので ふたりで訪れるのは逢引ではなく 火がよく通っ…

1158

昔描いた絵が出てきた まだティーンネイジだった頃の落書きだ ドレスを着た女の子の絵ばかり描いていたけど 結局 デザイナーにもお針子にもなれなかった ならなかった? なりたくはなかった? なろうとしなかった それは確かなことだ ルブタンに憧れてはいた…

1157

わたしはわたしであって 他者とは異なるということを忘れないようにする 誰にも期待しないでいることを彼らに求めないようにすること 求められている答えがわからないとき 動揺して変なことを口走らないこと 例えそれが正論だったとしても求められていないこ…

1156

外へ行かないで 来週の約束をした 大人になることは孤独に耐えるということなのか 知らない 旧くて新しいことをしよう でもきっとあの街へは行かない 明日はきちんと起きること

1155

ふとした瞬間に思い出して 決められた別れのことを思い出し胸が苦しくなる もう何年も前のことで それからまた何度も別れたひとはいるのに

1154

陽が暮れて暗くなるのは悲しいけれど あのひとの街には朝がくる 白い夜が近づいてくるのが見える? 日毎に長くなるあなたの影はどんどん伸びてフィヨルドの海岸を歩いてゆく どこまでも!

1153

言葉にして確認するということ 問題を認識して解決の糸口を探るということ 忘れないうちに行動にうつすこと ただし考えなしにするのではない 無計画と行動的なのはちがうのを覚えておく 「とても辛そうに見えた」男の表情は 確かに無念だと物語ってはいたけ…

1152

雨が降る前に草むしりをした 鈴蘭に膨らみかけた小さな薄黄緑のつぼみがつき 木瓜の花は紅い花弁を散らし 芍薬は臙脂色がかった縁の歯が少しずつ伸び始めている 枯葉の下には団子虫 むかし 友達が食べたと言っていたけれど わたしはまだ試したことがないし …

1151

はじめて行く街 誰かの帰り道 流れに逆らわないように歩かねばならない 素知らぬ顔 迷ったとしても目的地にたどり着けたとしたら進む道はすべて正しかった あのひと 谷6に住んでるって言ってたっけな 1度くらいお持ち帰りされてみたら良かったかも なんて …

1150

空の色の変化 木の芽時は正気でなくなるなんてことはなくて いつも踊っていたい

1149

ニルゲンドヴォの近くで暮らしていた老女がニルヴァーナへ旅立ったとの報せ 大戦の前に生まれ きな臭い青春時代を送ることを余儀なくされたが 最果ての村ではもとより貧しく 慎ましく暮らさざるをえなかった その世代の人々にはよくある通り 親が決めた相手…

1148

臙脂色の煉瓦が重なる壁のうえに有刺鉄線 その向こうに広がる曇り空 わたしとKは練兵場のちかくにある駅で再会した 清掃業者のストライキで町中ゴミだらけ 給水塔に描かれた落書きは雨風で随分年月が経っていたようで Kはもう慣れっこになっていた わたした…

1147

吐くほど飲んだのは久しぶりだった 嫌なことを忘れるためではなく 好きだから楽しいからつい飲みすぎてしまう 結果 食べたものが幾らか流れていってしまうのだけど 口に運んだ瞬間の幸福感や舌の上で蕩けた味わいはたしかに覚えているのだ

1146

経費がかかっている割に 回収率が悪いどころか もはや維持費だけでいっぱいいっぱい 今はまだ良いけれど 彼女は溜息をつきながら 掃き溜めの花に未来なんてないわね なんとかなりゃしない お揃いのトレーナーを着て ロッカーの陰でいつまでも囁き合っていた…

1145

正午 センバツ高校野球の決勝戦開始前に 今年は大会中一度も雨が降らなかったとアナウンサーは言った 夜 いつものように傘を持たずに職場を出たら小雨が降り始めていた 桜は週末までもたないだろう 薄いブラウスの下に わざと透けさせた黒いキャミソールが歩…

1144

まだ清らかな身体から伸びた手脚 悪意に満ちた手から触れられたことのない健やかな若い娘の肌 どれほどの価値があるか 知らないまま無意識のうちに供している 母親は無関心だった 傍に立つ見知らぬ男だけが舐めるように凝視している あの 行為のまえに見せる…

1143

予定より早く仕事が片付いたのでそのまま帰路へついた 大通りへ出るとスーツ姿の若い人たちがぞろぞろと歩いている 彼らは疲れてはいるが焦燥してはいない そのまま健やかに暮らしていけたらいいだろう

1142

エイプリルフールだったのでなにか気の利いたことを言おうと思っていたのに ひとつも考えつかないでいたけど ヴォトカが流れる河なんてなかった ほんとに? つまらない覚書を残す いつだったか飲みすぎた夜のこと わたしは最終の特急電車に揺られながら座席…