Entries from 2018-01-01 to 1 month

1082

月や星は好きなのに皆既月食を見た覚えがないのはたぶん時間を忘れてしまうからだ そしてうまく覚えているときに限って曇っている 今夜はまた雪が降るらしい 空は町の光をうつし桃色に明るく曇ったまま 日食の日 木々に茂る葉の影がほんの少し欠けていたよう…

1081

もうじき結婚する姉とショコラを買いに行った 毎年ふたりでゆくのが恒例行事で ぜったいにふたりでいるときはお互いの恋人に渡すものを選ばないで 自分たちが食べたいものを探すのだ 美しい紙箱と華奢なリボン 舶来ものの限定品 地域の素材に世界の食材 繊細…

1080

芽キャベツを買った 熱湯の中で鮮やかな色に茹であがる 春よ ちいさな実は幾重にも重なる緑の衣 湯気は青くさくたちあがり 金属製のザルのうえで丸々としている 雲雀のうたはまだ遠い

1079

河べりを歩いていたら 聞いたことがない鳥の声がしたので水面を覗くと 真っ黒な鳥が何羽か泳いでいた 家に帰って調べると北方から飛来した渡り鳥だった かつては西で冬を越していたようだが あちらのほうでは水が悪くてもう生きてゆかれないらしい 暖かくな…

1078

少しくらい雪が積もれば良かったのに と 残念そうにいう彼女のことが羨ましかった 身動きがとれないほどの雪にうんざりしたことがないのだろう かじかんだ指先が痛み 次第に感覚が無くなってゆくことも 凍りついた道路で転倒したとき打ちつける肘や膝が普段…

1077

半ドンの金曜日 まだ品揃えが豊富な青果店 ふだんは売り切れてしまうお買い得品 精肉店の男が焼いた薄切りの肉をちいさな銀皿に入れて配りながら 美味しいよ 安いから買っていきなと愛想をふりまいている 結局 味噌汁に使う牛蒡と酒粕を買った まだまだ寒い…

1076

部屋に置くためのちいさな机を注文した 倉庫にあるとかで まだいつ届くのかはわからない なぜか知らないけどずっとそれがノルウェイ製だと思い込んでいて これでわたしもワインを飲みながら話し込んだあと 男の子を風呂場へ追いやってバスタブで眠るように言…

1075

旧い友人を訪ねたのは 期せずしてこの冬一番の寒波が街を襲った日であった 玄関で上着の雪をはらい 黒い革の手提げ鞄から 手土産にちいさなチョコレートの小箱を取り出して渡すと 彼女はウイスキー を垂らした熱い珈琲を用意してくれたので ふたりで頂くこと…

1074

週末 恵方巻きの予約をすること (由来がなんであれ産まれる前からここいらでは縁起物) パンも買っておくこと 美術館にも行かねばならない おばあちゃんの家にお饅頭も届けること

1073

融雪カンテラの灯が音もなく燃えている 雪は静かに降りしきり 街を白い真綿で包む 不要不急の外出はお控えください 行きはよいよい 帰りは怖い 道路と歩道 空と街 民家と森 夜と夕方 あらゆる境目が消えてゆく みんな混ざって凍ててゆく 激しく濁って白くな…

1072

チョコレートバナナ味の棒付きキャンディを買った 多分12年ぶりだ ハイスクールに通っていたときは毎日のように買っていたのだけど 同じ店で買い続けていたら売り切れて それきり仕入れられるのを見なかった あの頃と変わらない味だろうか

1071

微睡みの中で「君はみんなのものだから」と男は囁き わたしの髪を撫でてから寝台から離れて浴室へ行った 一体どういうことなのだろう それですっかり眼が覚めてしまい 戻って来てから その意味を問うたけれど曖昧に微笑むだけで何も答えず 床に散らばった衣…

1070

蒸発したはずの青年は金曜日の夜に見たのが最後だった 手を振って別れたあとの後姿はいたってふつうで 書置きと一緒に置かれた携帯電話は充電切れで電源が切れていたらしい その後 彼は元いた場所へと戻った 死んだのではなく二度とわたしたちの前へ姿を現さ…

1069

森へ行った 草がぼうぼうと茂る間に土と落ち葉で澱んだ泉があったのだけど 綺麗に刈り取られ 小洒落た白い鉄製のテーブルセットまで置かれて どこから運び込んだのか泉のほとりには小舟まで置いてある 森の主が手入れをして庭にしてしまったのだ 清く いつま…

1068

北国から小包 明るい水色の大きな箱で届いた なかには色とりどりのお菓子や きれいなカードなんかが宝箱のように詰められていて わたしの心は彼女と出会ったときの年齢に戻ったかのように弾んだ 舌が青くなるキャンディなんてもう長いこと舐めたこともないの…

1067

文章を書き写しては翻訳 それは選んだ言葉の羅列であり わたしの言葉ではない なるべく的確な単語を選び 行間を読みながら繋げただけの文章 わたしの世界にあるだけの 限られた 嘘

1066

初めてキスをした夜 雪が舞う鄙びた駅のホームで恋に落ちて以来 心は犬釘でしっかりと打ち付けられたレールのように動くこともない そのことをあのひとは知らないし 望んでもいない 暗闇のなかで目が覚めて 部屋に誰もいないことを確認した 二重硝子の窓はき…

1065

何事も為せないとしても構わない 早くこのときが過ぎ去りますように

1064

もう陽が昇って 明るくなった一月の街 とおりは静かに凍え 息を吐けば白く曇る あのひとは空の色が違うといった 今はもう何処にいるかも知らない世界で一番好きなひと 僕が暮らす街の空はさめざめと青い色をしているといった わたしはその空の色を知っている…

1063

大勢の会いたいひとがいて それを邪魔されるとか 拒まれるということはないのに すっかりダメになってしまったことを 許してなんて言えない 太陽の温度も眩しさも忘れてしまったみたいに 今は言葉すらうまく選べない

1062

中学生のころ 長い髪は黒か紺色のゴムで1つに束ねるか 二つに分けて三つ編みにしなさいと決められていて 今思えば大体みんな守っていた その頃はまだそのくらいしかヘアアレンジが無かったというわけでもないけど 仕事をするようになったら三つ編みにするの…

1061

あらゆる可能性に満ち溢れていた 希望は若さと共に なんの保証もなくただあった 戦争は起きなかったし 徴兵された恋人もいなかった 何かに反対した罪で牢屋に入れられることも 誰かと血が流れるほどの喧嘩をすることもなく 人生でもっとも美しいとされる年頃…

1060

冬は花が長くもつのがいい 冷えた薄暗い玄関で 光が射すわずかな時間 静寂のなかに佇む色彩を愛でる

1059

爪を切りながら もう長いこと色を塗っていないことに気づいた 料理をするようになってからだった それまでは大して気にもしていなかった 足の爪は何年も紅く染めるのが常だったけれど それもやめてしまった 最後に塗ったのは夏祭りの前だったと思う いや そ…

1058

あのひとが好きなあの子になりたい あの顔になれば好きって言ってもらえるかな どうせ中身のない存在 器だけでも綺麗になりたい あのひとが好きなあの子になりたい つくりものの笑顔 みんな知ってて絶対言わない秘密 でもそれでいい それでいいのよ

1057

むかし着ていた白い犬の絵が編み込まれた灰色のセーターのことを今でもしばしば思い出して とても気に入っていたのに写真の一枚もないことが悔やまれる お金がないときに赤十字の古着屋でチーズバーガーと同じ値段で買ったのだ それは大量生産の既製品ではな…

1056

見慣れた景色と頭痛 きっと目を閉じたままでも歩いて帰れる 全力疾走したときの胸の苦しさ 鼻の頭が痛む冷えた空気 大した距離でもないのに息が切れて 全然知らないひとが起こした事故のせいで なんとなくサボる言い訳が出来なくなった し そうする理由もな…

1055

ユーカリの枝を2本窓辺に飾っている 少し小ぶりの丸い葉が幾つもついていてとても可愛い なのにいつもオリーブと呼んでしまう あまり名前を呼ぶこともないのだけど

1054

薄暗くなりつつある部屋 日没の刻が近い けれども曇りでは知らぬ間に夜が来ている 吐く息は白くただよい 指先は赤くかじかむ 少し厚めのタイツで頸を括って締めると むかし部屋で騎乗位になり首を絞めた男のことを思い出して そのとき彼はわたしの首を締めは…

1053

想像すること 自分自身の経験から 先生が教えた教科書から 美しい女優が演じる映画から 分厚い歴史の資料から 週刊誌の噂から 思考出来る限界まで 思い巡らせる 国境も 時代もこえて 何事にも代えて守ろうとした生活のこと 愛する人との幸福な日々のこと 興…