Entries from 2016-01-01 to 1 year

686

いつか笑い飛ばせる日が来るとして その日はあまりにも遠く 得体の知れない恐怖に怯え続けているのか どうして死を選べないのだろう 縄をかければものの数分で方がつくのに出来なかった 縄に触れることすら出来なかった きっとわたしは死ねない 宗教や慈愛や…

685

故郷は北の果て 蒸気機関車が煙を上げて走る 山は白くそびえ立ち 裾野は森が広がっている 一族の子供たちは皆 わんぱく盛りの男の子ばかりだ 誰それが入院したとか 死んだとか そういう話が続いた年もあったのだが またいつかのように 人びとが集いはじめて…

684

痛みには慣れても 傷つくときの感覚だけは忘れないでいたい わたしにとって鈍感になることは自我を失うことだあの人がいない ということに慣れないといけない 本当は既に慣れている 死んだと思っていたくらいだから 流れるままにも生きていたということは そ…

683

カーテンの隙間から外を覗くと 屋根に薄っすらと雪が積もっているのが見えた 初雪は二週間ほど前に降ったが 積もったのはこの冬初めてだった冬至を過ぎて 日は長くなるはずが 部屋はどんどん寒くなる 早く春がくればいいのに 火酒は既に底を尽き わたしは色…

682

「一体幾つまで生きたら 満足したと思えるのかしら」と 彼女はキヌアのサラダをスプーンでさらえながら溜め息をついた 「女性の平均寿命って85歳くらいでしたっけ」わたしは素早くスマホで検索をかける「あった 87.05歳です」「あと50年じゃない!やーね ま…

681

一夜明けて月曜日 通りのクリスマスツリーは片付けられて 門松やら正月飾りが出ていた わたしは昨夜書いた年賀状をポストに入れた 昨日までに出せば元旦に必ず届くということだったけれど 結局 間に合わなかったのだ間もなく年末年始の休暇が始まる 変わらな…

680

山へ登りたいというので 峠を目指したが 既に冬季通行止めの案内が出ていた 番人によると山肌に薄く残った白い雪は ゆうべ降ったものだということだった わたしたちは遠くに雪山を眺めながら 冷たい風が吹く橋の上を歩いた 陽が傾いた湖の傍はとても寒い そ…

679

流れてゆく時や記憶や命を それでもすくい続ける 指の隙間からこぼれ落ちようと 何度でも 出来る限り 弔う 光のかけらを透かして虹をつくるみたいに

678

契約を結ぶことで得られる確実な安心感 魔法の呪文で開かれる扉 机のうえにはパンとワイン 整えられた寝台 なにも恐れることはない わたしはひとりで水になる 情熱で燃えつきたあなたを濡らすための水になる深夜 排水口に耳を近づけて わたしのことを思い出…

677

霧のなかを歩いている とても濃い 生温い霧だ 森の草木は濡れ 靴の中も少しずつ湿り気を帯び始めている しかし歩みを止めることは出来ない たとえ後ろに虎が潜んでいないことが確かであっても 休んでいる暇はないのだ 急がなければならない 陽が登ればじきに…

676

部屋に舞い込んできたのは渡り鳥だった 冬に飛来する種類で 鮮やかな羽色は雄であるためらしい 群青のちいさな翼で 小部屋のなかをぐるぐると飛び回った ちいさな声で囀りながら 何度もあの人から連絡が来たのは 予定されていたことなのか わたしは運命を信…

675

溢れんばかりの情熱を燃やして進むのはいいけど こっちへ来るのはよして わたしにはその気がない これっぽちもない眠気ばかりがやってくる 冬は寒くてとても眠い きれいな灯りをみたいなら たくさん着込んで夜の街へ行けばいい だけどあまりにも眠いんだ

674

昨夜 ガウンを出した 臙脂色の長いフリース生地で それはいつかのクリスマスにもらったものだった 丈が長いのでとても温かく 大体ひとり一枚は持っていたと思う 短い金髪の美しい姉は薄い紫色のガウンを 赤い巻き毛の従姉妹がエメラルドグリーンのものを纏う…

673

北国より青い小包が届いた 金色に塗られた薄い金属製の飾りが 鳥と花の模様のタオルに包まれ それと一緒に綺麗なクリスマスカードが入っていた 木の葉のかたちをした飾りは枯葉のような曲線を描きながらくるくる回って とても楽しい気持ちになる食糧品店の店…

672

与えられているとき 価値に気づかないのはよくあることで 空の色を忘れてはじめて 彼は海の蒼さを知った (しかしそこにもはや海は無いのだ) 河は凍てついて流れない緩やかなカーヴが 躊躇う心を包むように添うので ここいらは自殺志願者があとをたたない 欄…

671

削り取られてゆくような消耗感に疲弊している それは木枯らしの刃 硝子張りの部屋のなかだけが 陽光に包まれた温室だけが守ってくれていた 午後 雪が止んで 世界は白い光で満たされる 予め祝福を予定された幸いなる子供とわたしは罪を犯す

670

この冬一番の冷え込みになるでしょうと言われた朝にユメちゃんは死んだ 15歳だった ずっと眠ってばかりで そのまま冷たくなってしまった夢の先に天国 向かいの家のおばさんは泣きながら亡骸を抱きかかえて森のほうへ歩いてゆき 夕方 雪が降ってきたころ 森林…

669

細かく裁断した紙屑を入れた半透明の袋の空気を抜いてから口を縛ろうとして 屑が飛ばないよう 両手で袋を押さえながら上に乗り 萎んでゆくそれを見ていたら いつか あの人の上に跨って頸を締めたことを思い出した それは快楽や性的嗜好のためではなく ただ …

668

地下街では背の高い男の子が 真っ赤なハンドバッグを包んでもらってる はにかんだ笑顔 なんて楽しそうなんだろう エスカレーターにならぶ男の子たちは ケーキを買って行こうと話してる その方が喜ぶからと 「なぁおまえ あの子好きなの?」 「いやでも彼氏い…

667

生きているのか 死んでいるのか 夢を見ているだけなのか あやふやで 本当はいつかの雨の夜 わたしはきちんと飛び降りたんじゃないのだろうか きっとわたしは未練がましく 失われた時を追いかけていて 回収が終わったときに初めて 全部夢だったということに気…

666

氷で出来た橋の下には 流氷が浮かぶ青々とした海原 わたしはついさっきまで 手摺のないその橋を歩いて渡っていたのに ふと恐怖を感じて足がすくんでしまう 海面を破りシャチが跳ねるのがはるか下に見える 白と黒のコントラストが美しい滑らかなシャチのかた…

665

森と湖の近くで育ったずっとまえ 田舎が嫌で 大都会を見ようとしたはずが なぜか森と湖の近くへゆくことになった 走っても走っても白樺と湖沼地帯 夜がない夏の国 寂しくはなかった 自然のなかで暮らすことは幸せなことだったから暮らしのなかでわたしは 蝋…

664

銀杏の樹に特に思い入れはないし 銀杏もそれほど好きではないものの 何故か記憶には多く残っている 例えば幼少期 叔母と訪れた北国のちいさな社のこと 高校は学舎の門から下駄箱のある玄関まで道の両側に植えられていたこと 落ちていた実を踏んでしまい その…

663

横断歩道の白いとこだけ踏んで歩く 塗りたてのアスファルトは ヘッドライトがあたると濡れたように煌めいて光る どんどん道は広くなって 自動車がびゅんびゅん走るし 自転車だって風をきってゆく みんな何処へゆくんだろう 息を切らせてハイスクールに通って…

662

花ではない植物を買った リースを作ろうと思ったのだけど 生花のほうがいい いや 花ではないのだけど白っぽい緑で楕円形の葉は 縁が少し紅い コアラが好きなユーカリ 花言葉は 再生 追憶 薄くてすべすべした葉が2枚ずつ対になり伸びている 原産地はオースト…

661

まだ暗いのに眼が覚めたので 枕元にある目覚まし時計を見ると きっかり6時を示していた 鳥の囀りは聴こえないが 階下からは家人が湯を沸かしたり 新聞をめくったりしている音が聞こえる それからラジオの音眠るときは空調をつけないので 布団から腕を出すと…

660

光のなかに立つ彼を見つめながら解ったことは わたしは誰も愛してはいなかったことで 彼らもまた同じ気持ちでいたであろうということ 悲しいことではない 傍目にはそれが愛であるとも言えたし そう信じることだって出来たいつかの夜 助手席に座りながら彼は …

659

スポットライトを浴びることに憧れていたステージを眺めるよりも 立ちたかった そういうのは大人になってから 勉強が済んだらしなさいと言われて わたしはやっぱり どの機会が正しかったのかわからない 手首を切ったのは死にたいからだったけれど 死ぬためで…

658

ヤドリギの下で口付けを交わした恋人たちは永遠の愛で結ばれるというけれど わたしたちがそれを見つけたとき ほんとうに どうしたらいいのかわからなかった 薄暗い空間のなかで こどもたちが木の床を走り回る その天井から吊るされたヤドリギ 彼女はヤドリギ…

657

「俺たちは何のためにいるんだよ」と男が怒鳴るので なんだか哲学的だなぁと思う 何のためにいるんだろう? 歳下の上司に叱責される男はしょげた顔をしているが ほんとうはどう思っているかなんて誰も知らない わたしはココアを飲んでパソコンに向かう 帳簿…