Entries from 2023-10-01 to 1 month
昔まだアメリカとアフリカの区別もついていなかったころ、わたしは魔女になる為の修行を始めた。母は女になることを選んだので、魔法を諦めた。幾つかの呪文は知っているが使えない。使うことを許されていないという方が正しい。そういうわけで、パリとロン…
チョルノーブリの原発事故が起きた次の年の春にわたしは産まれた。名もなき極東の地で、まだ雪に覆われた町の湖のほとりで、満月の夜だった。船乗りだった祖父の顔を知らない。海辺では鰊が獲尽くされて、父は炭鉱へ出稼ぎに行き、時折届く現金書留だけがそ…
言い間違いを訂正した。非常に大切なことだったので、直す必要があった。彼女はおそらく探し出すことが出来るだろう。それは調査力や観察眼の鋭さではなく、第六感というか感覚的な力が強いからだ。神経衰弱はめっぽう弱いが、生まれてくる赤子の性別を当て…
天と点を繋げる。点と点ではない。 古い写真を見た祖母が、この人も、この人も死んでもたわと言い、あ、みんな死んではるわ。アハハと笑った。古い写真に写る3人の男たち、そのとき既にもう立派な大人だった。
某市へ行く予定があるので、喫茶店について調べていた。なんど見ても駅の近くにあるのに、目的地と違う地図が表示されるのでおかしいと思ったら、旧国鉄と私鉄の違いだった。あまりにも離れているのでそこは諦めようと思うが、異国の名前を冠した素敵な喫茶…
自分自身のルーツについて調査をしている。もう10年以上前からだが、ようやく本腰を入れる気になったというか、気分が乗らないと出来ない性分なのだ。しかし、気分の問題というより、誰かに導かれているというか、急かされているような気がする。 北海道にあ…
落花生を蒸した。旬の、生の落花生はどんなに美味しいのかと期待しすぎたらしい。柔らかいピーナッツの味だった。おやつにチョコを塗った柿の種を食べたことを思い出す。有名なピーナッツチョコを作っている会社なのに、ピーナッツはひとつも入っていなかっ…
死んだら新聞に載るようなロックスターになりたかった。音感はからっきし、声も小さく滑舌が悪くて、あがり症だからてんで駄目だったけど、ロックスターが死んで新聞に載るというのは、高校時代、地元にたった一軒あったレコード屋が閉店したときのような寂…
特急にのり山奥の街へ行った。地理的には隣にある領土なのに、鉄道網の関係で回り道をしないといけない。関所で通行手形を求める必要はないので、今や大した問題ではない。 トウモロコシかススキのような植物が植った畑を通り過ぎた。サトウキビだったかもし…
水色の格子柄の着物を買った。古着屋で悩んでいたら、信じられない値段にまけてくれたのだけど、案内を送るからと個人情報を伝える羽目になった。もう大人なので買う買わないは自由だけど、電話がかかってきたら面倒だなと思った。けれども、着物自体はヴィ…
ずっと前に買った陶器のボウルを久々に使った。普段は木製の漆器を使っているので、土の重さを感じた。陶器でも、某国で大量生産されたものとは重さが違うのは、そもそもの製法が違うからだろうか。今やすっかり値上がりして、とても気軽に買えるものではな…
書くことを忘れてしまう。メールも日記も。
どこへも寄り道しなかった。とても、眠かったので。
砂漠の夢を見た。メルズーガの夜明けだ。雲ひとつない空が深い闇から、太陽の光で透き通った青色へ移ろいでゆく。わたしは砂をかきながら薔薇を探す。ここには砂しかないのに。
今日も手紙は届かない。私が送った手紙もおそらく読まれずに、机の上に置かれたダイレクトメールと一緒に山積みになっているか、屑籠へ捨てられたかだろう。謝りたいことなんてひとつもない。ただ、愛していることだけ伝えたくて、もう10年が経つ。そうして…
長らく言葉を閉ざしていたのに、まだ、わたしたちの関係を残していてくれたことを知り、とても嬉しい。そういうひとと出会えて本当によかった。
窓を開けたまま眠ったので、金木犀の香りで目覚めたのでした。ある世代から上は、この香りをご不浄の匂いだと嫌いますが、私は無臭世代なので、穏やかな秋の香りだと感じるのです。日に日に橙に色づく木は美しい。金木犀は常緑樹なので、花が咲いたあとはま…
午睡と就寝に費やす
疲れて這々の体でカウンタに座りご飯を食べていたら、隣にいた男が話しかけてきたので、適当に相槌を打っていた。女主人は豊満な身体つきで、麦酒を飲みながら鉄板に立ち向かう。焼けた大きなローストビーフの端っこをつまみ食いしながら手際よくサーブして…
魂が死んだ年だ。私が生まれるとうの昔に、その精神は終わりを迎えていたのだ。 音楽や花を愛する人々が、次々と殺されてゆく。21世紀にこんなことが起こるなんて、信じがたいことだけれど、事実だった。
あなたがたに信仰は強制しないと男は言った。ただ、心の中に神殿を築けば、神は自ずとそこにお住まいになられると続けた。私がカトリック高校で2年間を過ごした時のことだ。彼が信者だったかは知らない。 その頃わたしは改宗して、どこかの修道院へ入りたい…
ゴミ溜めの中から数式を捻りだせたのか?ゴミ箱を漁りながら、死んだ友人のことを思い出す。おまえの家族は今も、あの胡散臭い教祖を信じているのか?いや教祖などいたのか?楽園はない。人類が滅亡しても、楽園は来ない。住めば都、郷に入っては郷に従え。…
『手を握るだけで指から全身に稲妻が走るような感覚 でも頭のなかが真っ白になることはない 快感に痺れ続けて眩暈がしても 意識の上にあらゆる事情が漂白出来ない染みのように点々と拡がり やがて 眼を閉じていても現実が見えてくる それはしばしば雨上がり…
幼い頃から私の描く海のイマージュは、荒々しい波飛沫がたつ日本海の、それも冬の姿だ。群青色の空から吹きつける凍てつく風。そこには、太平洋を見た時に感じる開放感はない。水平線のはるか彼方にタンカーが見え、私はナホトカの港を、訪れたことのない極…
その界隈では有名な自死した女性編集者の日記のことをふと思い出して、検索すると、Y駅で電話をしたのが最期だったという人の文章が見つかった。別の自死した友人と私が夢で会ったのも同じY駅で、私自身はその駅になんの思い入れもないのに、不思議な感覚…
後輩と話していたら、やけに何度も眼線を右下にそらすので、これはどういう心理状態なのかしらと思っていたけれど、おそらく左腕の傷が気になっていたのだと今にして思う。聞いてくれれば良いけど、聞きにくいし、聞いても面白い話ではないから聞かなくてい…
どんどん昔のことを忘れていってしまう。
息苦しさのことをしばし考える。わたしは今、かなり自由だ。街を歩いても、急に警察官に取り押さえられることはないし、家にいて突然連行されることもない。そのままどこかへ連れて行かれて、よくわからないまま銃殺刑に遭うこともなければ、知らない寒いと…
彼のことを忘れるべきかと思ったけれど、10年間毎日、祈るように愛したひとのことを、今更どうやって忘れようというのか。愛の反対は無関心だという。わたしは関心を失うことも、憎むことも出来ない。ただ、いつか、私より先に旅立つことがあったならば、骨…
知らない間に映画館が消えていた。最後に行ったのはもう何年も前のことで、フランスのホラー映画を観たと思う。鑑賞後、恐怖と眩暈から動揺したわたしは、ドリンクホルダーに自分のタンブラーを忘れてきてしまい、駅の改札を通った瞬間に思い出してあっと叫…