Entries from 2017-05-01 to 1 month

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いつもの店で 同じひとを指名して 前と一緒の物を選ぶことに 彼らは不満もなにもないので わたしはどんどん鈍くなる 新しい音楽を探すことが億劫になるみたいになにも変わらないと盲信することほど危ういことはない 永遠なんてないと誰もが知っているはずな…

836

深夜 窓を閉ざしたはずの部屋に蝙蝠 換気扇の隙間が怪しい それ以外はどこにも穴なんてない 羽音で眼が覚めて夢うつつのまま身体を起こした 爪でなにかをひっかくような音 旋回する羽音 ちいさな衝撃音 渋々起き上がり 灯りをつけて窓を開けると ほどなくし…

835

下腹部に鈍痛を覚えるたび あのひとの子供が欲しかったと思う あなたの子供が欲しかったと言った凍えるような真冬の夜のことも コートのポケットのなかで繋いでいた手を 一瞬つよく握ってくれたことも はっきりと憶えている 死にそうな顔をしていた あるいは…

834

頭痛 休みがくるたび身体がだめになってしまう それでも今日はましなほうだった 宇宙人との交信について 恐らくそれは不可能だと彼は言った わたしは 彼等が存在するとして 同じ時間軸に生きて 同じような形態であることを前提とした場合はダメかもしれない…

833

ほんの少しの変化 前髪を短くしなかった 可能性をすべて信じてみる 良いことはぜんぶ ありとあらゆる可能性を 出来る限り試したい きっとうまくいくから 少しずつ進む

832

胸にちいさな金属を埋めている チタン製の土台についているのは金色の縁で囲まれた透明のガラスだが 光があたると金剛石のようにきらりと輝く 孔をあけて一番最初に見せたのは 一番好きなひとだった 会って一番に耳を確認して なにもついていないことに気づ…

831

思いがけず瓶を開けたら煙が上がったので わたしはカティ・サークのように揺れている 空を見上げれば水夫は汽笛を鳴らして 帆は風を受けて力強く張られていた 白鯨がいない海で何を目指せばいいのだろう 透きとおった細いグラスが光を受けて煌めく あなたは…

830

庭に毒草ばかり植えていた女のことを 魔女だと思っていたのだが 林檎を喉に詰めて死んだのだった 鈴蘭と狐の手袋が咲く庭の 畑に実る苺を誰も盗みにやって来ない 魔女ではなかった女の娘が育てた苺は歪なかたちをしている

829

甘い水で濡れたあのひとの唇は薄くて軽い思い出すのは骨ばった手の長い指とか ピアノを弾くように叩くキーボードの音とか たいしたことじゃない 大体もう顔もあまり覚えていない そういえばどんな声で喋るんだっけ 翻訳した日本語みたいな会話をしたね もっ…

828

愛情表現が苦手な男だった 言葉にするなどもってのほかで 顔を合わせればいつも喧嘩ばかりしていた わたしが傷つけられたのを知ったときに 相手を殺したいほど憎いと怒ったと人伝に聞いたことくらい 頭を撫でられたり 抱きしめられたりすることはなかった こ…

827

生まれたばかりの まだ生きることしか知らない子供たちを 後先も考えずに殺していった 禁猟区で 男たちは笑いながら 死んだ子供たちを籠に入れて街へ売りにゆくのだ 生け捕りにされた子供は 濁ったぬるい水のなかで弱り じきに力尽きてゆく やがて沈黙の春が…

826

『弱さを楯に嘘で固めた要塞に暮す生活はどうだい 僕にはもう身体以外何もないのだけれど 季節さえ良ければ悪くはないものだよ 太陽と共に生きていくということは ある意味では君らの大好きな自然豊かな生活というものだし 夜になれば好きなだけ流れ星を探す…

825

普通のセックスという幻想 18歳のときが初めてだった 処女懐胎をしなかったのは聖母として選ばれなかったということ 痛みについてはよく憶えている どうして出血には熱を伴うのだろう? 挿入 裂傷 破瓜 摩擦 摩擦 そして摩擦 泣き叫ぶわたしの口を抑えながら…

824

館を出た日から義父の顔を一度も見ていない 戻ってきたら よく知らないけれど何処かへ行ってしまったようだ することもないので 夫の拳銃と靴を磨いていたが それもすべてぴかぴかになってしまった だからもう何もすることがない 上着には蒸気アイロンがかけ…

823

生きることの意味は見つけたような気がするけど 価値まではわからない 存在するに値するほどの値打ちはない けれど価値が無くとも愛しいものはあるので それで好いんだ

822

まだ明るい帰り道の草木の鮮やかさ 水を張った田園には空が映り 夕陽を煌めかせながら波打つ 畦道に咲いた綺麗な花の名前を知らないまま大人になって 一度も困ったことはない 灰汁が強すぎて食べるのには適してはいないと聞いているくらい 蛙なら鳴き声で大…

821

通り過ぎていった一瞬の 事実が生成されるまでの長い 長い時間が 弾ける泡みたいな 溶けてった雪みたいな なにか 手紙を書かなかった 今日も 明日も書かないだろう宛名の無い手紙が重なるのと 何も重ならないことと 泡を作ることと 雪を降らせること インク…

820

乾いてしまった絵の具 二層に分離した液体 固まって蓋が開かない瓶 脚のもげた蝶 蝶番が壊れた木箱は昔 ケルキパ共和国で暮らす友人のMがくれたもので 明るい色の光が塗られている 開けるのは簡単だけど 閉める時が少し難しい ちょっとだけ左右にずらして ネ…

819

保障された身分と引き換えにされた時間 千円札で巻いた命の細切れ 血みどろソース仕立て 作っては食べ 食べては吐くだけの繰り返し あなたの鼻血と わたしの胃液が ひびがはいったボウルのなかで混じり合う 白くて脆い器なかで泡立ちながら わたしたちは両手…

818

黄色い砂はまだ若い砂 赤い砂は眩暈を起こして 黒い砂は眠っている 身体を動かすのがつらいが 遠くで鐘の音がなり合唱が始まった 祈祷の言葉を唱えているのだが 言葉がわからない自分には歌のように聴こえる 通訳をしてくれた娘によると 何千年も昔に高名な…

817

汗ばんだ肌は永遠に乾くことがないかのように蒸し暑く湿っている 土で塗られた壁は冷たいが しばらく触れていれば体温がうつってしまう とにかく暑いのだ ここでは日が暮れるまで外に出る者はいない どれだけ格子の向こうで揺れるブーゲンビリアが涼しげに揺…

816

病めるときも 健やかなるときも あなたはいないから わたしはいつもと同じように祈ることが出来る 変わらない気持ちで あなたを愛す

815

靴を売った 酷く傷んでいたので ほとんど値段はつかなかったのは仕方がない 随分前に古着屋で買ったとき 既に傷だらけだったのが 今度こそ本当にぼろぼろになってしまった 或いは捨てるべきだったのだけど 長年履いた靴を一体どのように処分すべきかわからな…

814

ツツジの植えられた花壇の傍を通りながら 「子供の頃よく蜜を吸ったわ」と彼女は懐かしそうに言った 「今も吸いたい?」立ち止まって濃いピンク色の花弁を摘むと 雌蕊や雄蕊を残してつるりと抜けた 根元に触れると透明な糸が つぅとひいた 「駄目よ 勝手に千…

813

まだK市に彼のアパルトマンがあった最後の初夏 群青色のドイツ車 薄荷煙草とワインの夜 名前を忘れてしまった映画とローストビーフ 激しい行為のあとで 彼はわたしをベッドに縄で縛りつけたまま眠ってしまった 無茶苦茶だった ふたりともお互いのことをこれ…

812

寂しさを理由にひとの気持ちを利用するなよ あらゆる想像力の欠如という暴力 失って初めて後悔するのは当然のことだけど そうなることを予測することは出来たはずなのに 激しい興奮の内に忘れてしまうのか 治った傷の痛みを永遠には憶えていられないように

811

音楽は苦手だけど好きだ 大きな声で歌えば褒められるころまでは良かったけど 楽譜が読めなくて 覚えるのも出来なくなってから てんで駄目になった 三角比の定理や 物質の熱量について結局理解することはなかったみたいに 16ビートが何か未だにわかっていない…

810

砂利道をゆっくりと歩いた 昼下がり 風がすこし強い そういえば今年は春一番を聞かないうちに季節が変わっていたんだ 木枯らしのことも知らなかった 知らない間に年が明けていたんだった 声を聴きたい そう思うけれど なにも話すことがない 聞きたいこともな…

809

白いライラックにはとても悲しい伝承があるので この花が5cmくらいの冬に咲くオレンジ色の花だったら良かったのにと思う でも一体 ベンジーはどんな花を想像していたんだろう 街角に咲くリラ 降り注ぐ光と芳香 5月の風 誰もいない目抜き通り 安寧のなかにた…

808

出来レースの勝敗に先生は狼狽していた 安心していいよ 私たち3人とも留年間違いないから 当分ここにいるよ 心配しないで 副委員長は聞きたいことなんかないのに とにかくなにか質問しなくてはいけないと思っているから 見当違いなことを言って途中から聞か…