Entries from 2017-10-01 to 1 month

990

わたしはもう死んだひとしか愛せない 解散した楽団が演奏していた曲の録音を繰り返し 解体された国の伝承を読みながら 誰も来ない停車場でひとを待ち続けている 空は遥か彼方で轟くが雪は音もなく降る そのことを教えてくれた伯父は七年前に死んだ 惨たらし…

989

木枯らしが吹いたという 夏からずっと地下室で働いているので 街がどのように変化しているのか すこしも知らなかった もう冬なのか やけに眠いはずだ 太陽をもう何日も見ていないが 恐らく春までもうお目にかかることはないだろう

988

本当に誰でも良かったのだろう 諦めることに慣れて譲れないものが無くなった 生活と身体に以外に守るものがない そして実はみんなそうだろうとさえ思っている 望めば願いは叶うだろうに なぜ望まないのかと言われても上手く返せない 必要としていないから つ…

987

旧い友人 そう 懐かしい人たちに会った 私たちは確実に歳を取っていたが まだ誰も死んでいないどころか 子供が生まれている者もいた とても良いことだと思う 健やかに生きてゆけるということは

986

ワンピースの取寄せを辞めて DVDの予約をすることにした 去年の冬に観た映画で 見終わったあとに正方形のかたちをした薄いパンフレットを買って すぐ手に取れる場所に置き 何度も読み返している まだ見ぬ 恐らく生涯訪れることのない遥かな国の森を夢想する…

985

ある瞬間から突然来なくなる返信に なにも求めない むしろ泥沼に嵌らなかったことに安堵すべきなのだ わたしたちは二人ともとても良い役者だった 理性を保ちながら欲望に抗わず ひと時の官能に耽ることは難しくない ただ微妙な温度の調節が厄介で 同じ速さで…

984

仔犬がいなくなる夢をみた ほんとうは仔犬など飼っていないし そもそも生き物を飼ったことがないので どうしたら良いかわからず というか いなくなったなぁと思いながら ニュースを見ていた たぶん警察に届けるべきなのだ 仔犬がいなくなりました 白くてふわ…

983

存在しないものを愛すること 眼に見えないものを信じること ただの口約束だったとしても 遣る瀬無さ 拠り所がすべて虚構であるのは不幸だろうか 触れて 舐めて 感じられることだけが全てではないのにと 彼女は偶像のまえで泣いた

982

何か気に入らないとか どうしても嫌だという理由はなかったけれど A市に留まる理由が見つけられなかった それは結局どの人のことも生涯愛せる自信が無く 何処かの改札で別れたきりになってきたようなもので 誰かが悪いというわけではないのだ 人と人の行き違…

981

解放されたはずだったのに どこまでも追いかけてくる みんな台風の話をしてる 家に帰れなくなったこと 下着を手洗いして乾かしていること わたしはとっても頭が痛んでいる

980

誰のことも忘れていくのだ 嘘も本当もないまぜにして 傷は出来るだけ浅くなるように 痕が残らないようにしなくてはいけない なにが最善であるか 犯した罪を償うため最良の方法を彼は苦心して選び出す もはや手遅れである事実を目の当たりにして それでも生き…

979

久々に会った調査団の団長が意気揚々としながら ニルゲンドヴォへ行った話をしてくれた 彼はわたしがニルゲンドヴォで生まれたことを知らないし これからも話すつもりはない 調査団の男たちは村にある水力発電の設備を修理したようで あの古い水車小屋のとこ…

978

湖のほとり 街の果て バスは来ない かつての行楽地 アンヌが湖のかたちに沿った曲線が美しいアパルトマンの最上階を買ったらしい 飼っていた犬が死んで もう散歩に行くこともなくなったから 空に近いところにしたのと彼女は言った 8階建ての古いアパルトマン…

977

子供のころとても頻繁に保健室を訪れ 熱を測り 平熱だから大丈夫だと帰されていた 特定の授業でさぼっていたのではない どの科目もまんべんなく嫌いだったし苦手だった そして自分自身そのことに気がついていた 授業についていけていないということに どうに…

976

前髪が伸びてきたので美容院の予約を考えながら ふと 自分で切ったのはいつが最後だっただろうと思ったが思い出せなかった 女給を勤めていたころ 眉の上で切り揃えた髪を見て あの有名な女優のようだと褒めてくれたやさしい調理長 今度切るときは俺にやらせ…

975

憂鬱な時代の夢を見ていた 色彩はあるのにすべてが白黒テレビの画像のように見えて 何もかもがソリッドであるのに触れることも掴むことも出来ない 雲のように 手に入らないこと それ自体が気持ちを高揚させる むしろ所有することは厄介なものなのだ 手間暇を…

974

雨の庭に金木犀が香る朝 今年も花を摘まなかった あのひとは知らない国で 今でもいい加減に生きているのだろうか 誰もあなたを知らない国へ行ってしまって そこでも知られたひとになったなら また何処かへ去ってゆくのだろうか 大して深くもない 些細な傷を…

973

牡蠣を買った ケルキパの海で採れたらしい どれも丸々と肥っている 今夜は魚にしようか肉にしようかと眺めていたら鮮魚店の女が焼いて半分に切ったのを食べさせてくれた 磯の香りと牡蠣特有のまろやかな味わいがひろがり 朝陽が昇るケルキパの穏やかな海が眼…

972

薄い紙で指先を切ってしまった 紙に触れた瞬間に あ これは切れるなと思うことがあるけれど 止められた試しがない 切れるなと確信した途端にもう鋭利な刃物が滑ったように すぅと皮膚に赤い線が走っているから 少し厚手の紙ならどうなるか? 切れないわけで…

971

世界の終わりを夢でみるときはいつも俯瞰 はじめは逃げているはずなのに 気がつけば高いところから地上を見下ろしている 死がそのようなものであるとしたなら なんとなく悲しいと思う 眼の前の景色から遠ざかりながら意識を失くし 永遠に戻ることが出来ない…

970

不確かな夢の続き 赤い花も 赤いスープも 血のようだと言われるが わたしはそれらを好んでいる 望んで名乗ったわけでもなく その姿から名付けられただけで 名前の音の悪さから忌み嫌われることの理不尽さを忌々しくおもう 赤い花がどれもこれも炎のようだと…

969

遠くで緑色のひかりが点灯しているのを確認して 暗い水面へ舟を走らせた 果たしてそれは正解であったのだろうか? 空腹が思考を停止させるので わたしは自分を甘やかす 他に誰も気を使ってはくれないのに 他に誰がそんな嫌な役をするの ひとりで消化しなくて…

968

セロリを煮込む わたしはセロリが好きだし 夏が駄目だったりするから 歌いながら煮込む 意味も知らない異国の歌を あなたはそれを嫌がる 育ってきた環境が違うものね 出来上がったスープを飲んでひとくち あなたは顔をしかめて もうなにも我慢する気もない

967

突然「あんたは男を見る眼がないね」と言われて 「そうなんですよぉ」と曖昧に笑って答えたけれど 内心すこしも穏やかではなかった どうしてそんなことを急に言われたのか ろくに話したこともないのに 誰が話したんだろう それ以前に 誰との関係について言っ…

966

新しいセーターを買った 首が詰まった暖かい毛糸のセーターだ 何年か前に買った深緑色のセーターと同じかたちと肌触りをしている 特に何がというわけでもないのに ここ数年ですっかり顔が変わってしまった ある人は 女なら誰でも喜ぶと思っているのか 会うた…

965

心穏やかに休日を迎えるために 失われたいくつかのかけらを探し出さねばならない そして忘れていたことを思い出さないように しっかりと忘れてしまうこと 苦しいこと悲しいことを振り返らないでいること

964

いるべきところへ戻るということ あるべきかたちへ直るということ 公園の真ん中に置かれた回転式遊具は知らぬ間に撤去された 老朽化による劣化とその危険性を危惧して 危ないものは遠ざけられ 排除され やがてそこで遊んだことも忘れてゆく 寂しいけれど誰か…

963

このままぜんぶ無かったことにするか もう一度夏至の日に戻るか 通り過ぎていった季節と鮮やかな景色 夜の闇の中で初めて 輝ける光を知った 限りなく体温に近い空気に包まれながら わたしたちは戯れに欄干から身を乗り出して遊んだ その愚かさ 空虚な悦楽で…

962

温かい布団を出したので もうひとりで眠っても寒くないし寂しくもない 枕元にはウィスキーを 煙草はもう辞めたから グラスひとつあればいい 冒頭の3ページから進めずに埃を被った本を またいつか読む気になれるだろうか ならなくたって構いはしない いまは眠…

961

あなたの姿をまた忘れてしまいそうです 少し曲がった背筋や 細く伸びた長い手足 物憂げでいつもなにかを窺うような眼差しで話すあなたの貌を忘れてしまいそうなのです あのひとの眼はあなたに似ている そのことをわたしは絶対に話さない 同じ身長 同じ体型 …