Entries from 2017-09-01 to 1 month

959

手帳もカレンダーも持たないので 悩むことがない 家計簿は毎年同じものを使っている 突然中身が変わってしまうなんてことがあるなんて夢にも思わなかった けれどありえる話なのだ ショックを受けながら 全然違う雑誌を買った どうしてしまったんだろう

958

愛していなくてほんとうによかった ただの遊びとして無茶苦茶にして後悔しなかった 誰も傷つかなかった きっとこれからも 寒くて寂しくて死にそうというわたしを あのひとは 「ウサギさんみたいだ」と言う 冬眠が出来たらいいのに 春が来るまでずっと眠れた…

957

Sは赤いスープが好きだった それは何か赤色の実で作るスープで 乾燥させて細かくしたものを煎じて飲んでいたんだと思う ケルキパでは女の気怠さに効くといわれ しばしば目にしたのだけど ここらの言葉ではなんと呼ぶのか知らないので まだ見たことがない も…

956

ケルキパのほうから便り 彼女は男の子を産んだ 差出人の名前を書き忘れた封筒 その文字を見ただけですぐにわかる もう10年以上会っていないけれど わたしたちはとても大切な時間を共有しているので お互いが忘れてしまわない限り 一生会わなくても平気なのだ…

955

覚えられない日付がある 7と9 それから 24と26 友達の誕生日を忘れてしまうのだ 今のところ 忘れがちなのだと先に謝っておくことで許してもらえているけど 夫の誕生日でも覚えられなかったから 誰のというわけでなく 数字のほうに原因がある 24歳の時もそう…

954

灼熱の大地に降り注いだ あの暴力的なつよさの風雨を 激しい稲妻を 通り過ぎていったあとに残された水浸しの道路を ほとんど忘れかけていて どうして橋が渡れなくなったのか 門扉は永遠に閉ざされることになるのか やがて誰も知らない日がくるのだろう 切通…

953

ビーツが安く売られていたので つい買ってしまったけれど 子供のころはこれの酢漬けが大嫌いだった まず色が気に入らない 赤というより紫をしていて 波状にスライスされたのが丸いかたちをしていて それは円筒状に切ってから波状にスライスしているのかもし…

952

風とか 光とか 水のこと 森の匂い 草むらの音 黄色い茸で籠をいっぱいにして バプチャは日暮れ前に帰ってくる わたしは国境警備の男と寝る代わりに 塩漬けになった豚肉を手に入れて冬に備える 寝台は燃えない 彼らはわたしの身体を愛撫しながら もっと肥りな…

951

半練りの化粧品は金属的な光り方がまるで鯖の鱗のように鈍く光っていた 店員は早く帰りたそうな顔をしながら それが最旬流行色だという 冗談でしょう それは90年代の色味 サイエンス アンド フィクション あるいは サイケデリック フューチャー だけどやって…

950

忘れたころにまた会って傷ついて 少しも学ばない 誰も笑うことすらしなくなって 違う日の話をする そしてやっぱり忘れていたことを思い出して後悔する 大したことじゃない あれもこれも ほんの擦り傷で絆創膏すら要らない なのにいつまでも膿が出る いっそ血…

949

新月なので黒い服を着ている 夜に身を溶かし 生まれ変われるように でも新しいことなにも決めてない 白紙のまま黄ばんでゆく手帳のように なにも予定がない

948

可愛くてチープな下着はすぐにくたびれてしまう 繊細というほどではないレース 絹のように見えるポリエステルシルク 彼はうきうきした様子でわたしの腰の紐を解き 脱がせたペールブルーの下着に頬ずりしながら この布地が好きと言ったから今日はパンツの日 …

947

求めてはいけない ましてや縋ることなど許されるはずもない 愛してはいけない 望んでもいけない ただ拒まずにいることだけは せめて 世界の果てでいつまでも祈っています

946

あまりに短い10年だった なにを成し遂げたのか いや なにも為すことはなかった ふたりの友人が自ら命を経ち また別の友人は双子を産んだ アロワナはまだ生きている 最低賃金はあまり変わらないけれど 煙草はかなり値段があがった 新人賞を受賞した若手は今で…

945

本当のことを話しているときに限って 物語を聞いているみたいと言われるのは心外だけど ある意味では毎日が休暇中の冒険のようなもので そこへ嘘を混ぜるとちょうどいい温度になり すっと溶けてゆく 淹れたてのブラックコーヒーに 角砂糖を落とすように 誰に…

944

急に寒くなったような気がしていたけれど もう9月も半ばだった 次の満月のころにはニルゲンドヴォにこの冬 最初の雪が降るだろう そして遥か北の山に落ちた雪のひとひらは枯葉のうえで 春がくるまでじっと溶けずに眠る

943

輝いていた10代が懐かしく見えるのではなくて 今よりもマシだったというオチ 悪い報せが無いのはいいことだ みんなが満足しているなら 他人の不幸を探そうとはしないから 隣の芝生に除草剤を撒いたのは 見たこともないぜんぜん知らないひとだった ベランダか…

942

プラトニックであることに理由も意味もない すぐそこに違う世界が並行して存在している かもしれない幻想 21世紀とは思えない砂埃の舞う荒地で 彼は砂糖黍の茎を歯で齧っている それは幼かったころの夢 より良い日々を送れただろうと期待するだけの

941

化粧水とクリーム それからリップクリームを買うこと 色んなのを試したけど 結局 香りとテクスチャーが重要で 効果というのはどれも同じくらい良かったから 安いのを幾多も買ってあちこちで使って失くすよりずっといい 香りはするのが良いは限らないけれど …

940

昨日みた夢には 10年くらいまえに親しかったひとがたくさん出てきて 少し懐かしいような気持ちになったけど 目覚めたところで 誰の連絡先も知らないことを思い出した 苗字が変わってゆく女たちのうち 何人かは元の名に戻した ニルゲンドヴォでは決してありえ…

939

芝生に朝露が残っていたので そのまま靴を脱ぎ 裸足のままで歩いた 湿った草の温度と動物の匂い 太陽が遠くの山の端から登りだしている 静謐と黎明のひととき 鮮やかさはないが 色彩が明瞭であるということ 空は澄み渡り 雲のひとつもない

938

遠い空に残っている積乱雲の白さが 夕陽で赤く染まり ほんの少し秋色になっている 田畑はもう豊穣のとき 農夫たちは健やかに育った稲穂を刈り取りにゆく かつてからここいらは やはり穀倉地帯であった 肥沃な土地であったのだろう 変わらずに人々が暮らし続…

937

旅券を申請しながら あのひとの故郷のことを思い描いた 午後の陽射しは残暑のそれで しばらく坂道を歩いただけですっかり消耗してしまったが 休む暇もなかったので歩き続けた わたしが知らないあの人の暮らした町 あの人もまた わたしを知らない 名前を奪わ…

936

何処へでも行ける 赤いトランクと革のブーツで 少年のように 時刻表をめくらなくても簡単に時間は調べられるし 電話をかけなくても予約だって出来る もう随分まえから大人なのだった

935

ほんの少し生きやすくなるために自分を殺す 清流を流されるのは気持ちいい 行く先さえ定めてあれば ときには流れてゆくのも悪くないから 楽にして 「あの時死ねばよかった」と考えたことのあるひとですら 今まさに死にそうなひとに「もっと頑張れ」と言う 恐…

934

薄皮一枚で包まれた果肉は滑らかなかたちを保ったままで発酵していた ナイフを差し込むと紅い皮の間から膿のように変色した実が溢れ出し 食べられたものではなかった 熟れどき を見極めるのは難しい 少しだけ残った白い実を舐めるように噛むと 眩暈をおこす…

933

満月が近づいている 光が明るさを増すたびに眠気は酷くなり 温かな泥濘にはまるように眠気は激しくなる それは春の湿地帯で まだ虫はいない 花の香りはほんの少しだけ漂うような世界 誰も知らない場所に 初潮のあったときのことをわたしはよく憶えていて そ…

932

バレエシューズはもう何足か買ったことがあり 何足か踵が擦り切れるまで履いてつぶした もちろん踊るためのものではく フラットシューズとしてのそれである 仏蘭西の有名なブランドではバレリーナシューズの名前で売られているが そうでなくても履いてもちろ…

931

不思議な色の果物を買った 臙脂色の洋梨なのだけど レジで支払いの順になったとき 店員の女ときたら きょとんとした顔で けれど僕にもそれが何かわからなくて 多分洋梨だと思いますと答えた 僕はいったい何を買ってしまったんだろう?

930

私たちのこと誰も知らない街へ行きたいね なんて どうだっていいんだけどさ 初めから楽園なんて無かったわけだし ねぇ あと数日のうちに君はまた何処かの海へ行ってしまう けれどもわたしは港へ行かない 旅券は間もなく有効期限が切れて使えなくなるし そも…