Entries from 2019-03-01 to 1 month

1500

小さいころにいた神さまのことをよく覚えていない 裏の家に住んでいた神さまの姿をついに見ることはなかったけれど 後年は南の方にあるホスピスで過ごしたという話だったので 間違いなく人間だった 村で起きた大抵の不思議な事件は風や子供の悪戯だったし 悪…

1499

東のほうにはもう花の便り あのひとは恋人と一緒に初めての桜を観に行ったのだろうか 今も生きているのかすら知らないけど 死んだら大体噂が流れてはくるものなので きっと成り行きに任せてのらりくらり生きているのだろう 花の咲き終わりから散り際まで 夜…

1498

20年前に祖父が死んだ 或いは25年前にわたしと双子の姉が産まれた病院で 姉が子供を産んだ わたしは飲みかけていたアブサンの瓶を戸棚へ片付けて 着の身着のままタクシーに乗り込むと 森の奥にある病院へと向かった街の産院で産めば良いのにというマトカを説…

1497

愛の夜が燃える前に冷めて 雨の夜明けにわたしは窓から逃げ出した 玄関の靴は諦めて 黒いエナメルのチェーンバッグを肩にかけ 5階の部屋からベランダ伝いに 足を滑らせぬようしっかりと手摺を握りしめて非常階段まで行き そのまま下へ降りた 何食わぬ顔で始…

1496

いわゆる名作として知られた本の内容は理解できたし 粗筋を覚えてさえもいるけれど なぜそれが名作と持て囃されるかは皆目見当がつかなかったので ちゃんと読めていないのかもしれない ある意味ではやたら教訓めいたものだったので 何度も読みたいとは思わな…

1495

柔らかい夜の風 生欠伸 自転車をこいで 桜が咲く山へ行った 暗すぎてほとんど白っぽい雲のようになった満開の花が見えて でも それは本当に花だったのかな 二人乗りして自転車をこぐ彼女の背中に頭をもたげると その髪はとても良い香りがした 第一志望校に行…

1494

いつかは行かなくてはならない場所のことよりも 今為すべきことだけを考えて 然るべきとき 何処でも死ねるように 生きる伝説となった貴方が息絶えた最期の地が 緑織りなす山谷であれ 瓦礫重なる荒野であれ 神聖なる土地として崇められるように

1493

もらい煙草で罪を共有する 誰に咎められているわけでもないのだけれど 寒空の下で煙草をもつ指先が震えていた マニキュアを塗らない彼女の爪は短く切り揃えられ その手は雪のなかから掘り起こしたかのように冷たかった 息を吸い 大きく吐き出す 白い煙と白い…

1492

アナウンサーは表情を変えずに (しかし決して強張っているとか違和感があるということはない)淡々とニュースを読み上げていく テロリストの暴挙 感染症の流行 新しく発掘された遺跡とわりと最近遺棄された白骨 何かの行事で泣き叫ぶ幼児と その子を笑いな…

1491

新しいフレグランス 新しいハイヒール 新しいランジェリー 新しいリップグロス 新しい恋人さらぴんの と言いかけて彼女は 新しい と言い直した そのままで良かったのに さらぴんのカッターシャツはぱりっとしているきがするあ 新しいワイシャツよりほんの少…

1490

不条理を愛していた男は わたしの掴みどころがないところが好きだと言っていたけれど なにを考えているのかわからないと泣きながら 電話で別れを告げてきた わたしは交差点の横断歩道を渡りながら いいよ と言って電話を切った ふたりで見ることがなかった景…

1489

ショコラ 鼻から突き抜けたブランデーの甘い香り 唇に残ったココアパウダー 口付けみたいに溶ける だなんて ダーリン いつからそこにいたの肝心なことを言い忘れる 大抵は違うことを考えていて ぱっと頭から消えてしまい しばらくしてから思い出すのだ 朝起…

1488

ホワイトデーのお返しにとチョコレートをもらった アーモンドよりマカダミアナッツのほうが好きだけど 有り難く頂戴した 彼はなんだかいい匂いがすると騒ぎながら 自分のシャツを嗅いで 僕の柔軟剤かも と落ち着きを取り戻していた 洗剤の銘柄でも訊いてあげ…

1487

細い月が浮かぶのを見るたび思い出すのが 冬のN市で立ち別れたひとのことで良かったと思う 最後に会ったのはぜんぜん違う場所 違う街だったのに そしてあのひとはまるで別のひとみたいに見えた わたしがむちゃくちゃに愛していた頃のひととは別のひとだった

1486

知らないところで噂されていることに これっぽちも気づかない おめでたさなんてないけど 開き直るしかない 阿呆のふりをして爪を磨く 鋭く 美しく光るように

1485

まるで記憶喪失になったような気分だった 使わない時計は止まるし 磨かない鏡は曇る 本棚には埃が厚く溜まり 黄ばんだページを捲れば銀色のちいさな虫が走り出す しかし肝心なことが出てこない そのようにわたしは質問に答えられなかった 読まない詩をどれく…

1484

終日雨 階段の隅に落ちていた蠅の死骸をちり取ですくって捨てた 昨日暖かかったので窓を開けていたときに入ったのが 夜になり一気に冷え込んで死んだのかもしれない 今際の際の羽が震える音も聞こえなかった

1483

去っていったひとのことを みんな直ぐに忘れて行ってしまう わたしが愛するのは もういないひとだけだというのに西の山では 去年山で死んだ男を弔うため 追悼の意を込めて人々が頂上まで登ったという 物静かで実直な 岩のような大きな男だったが 病魔には抗…

1482

シトラスとムスクの香りが汗の匂いと混じった男の首筋に血管が浮いている その肌は日に灼けた褐色で 胸元は筋肉質で張りがあり どんなに鋭い鋼でも切り裂けないようだった わたしは白いワンピースを着て 裸で仰向けに寝転がった男のうえに腰を下ろし 両手に…

1481

あまり話したことのない若い娘さんと 少し話をして こんなにも感覚が違うひとと一緒にいるのは久しぶりだと思った 悪い意味ではない 育ってきた環境や時代があまりに違う者同士は なかなか知り合うこともないのだ 身近にはいるのに 深く知り合うきっかけがな…

1480

15歳 若さと美しさが同時に溢れんばかりの春 どの季節も二度と同じようには流れないとはいえ 人生のうちでも特別な時期 大人にはまだ早いのに とうに第二次性徴を迎えた身体は既に子供らしさを失い 成熟へと向かってゆく15歳 その後の人生を決めてしまうには…

1479

ハイヒールの踵が潰れてしまったので修理店へ持って行くと ものの2,3分で直してくれた 爪先もすり減っているので貼り替えないかと勧められたけれど 手持ちの小銭がなかったので断った たぶんまたすぐに履き潰してしまうだろう

1478

Nein, ich brauche es nicht!必要か 不要かで考えてはいけないとしばしば思うけれど どうしても合理性を求めてしまう そのために忖度することなんて大した問題ではないと迎合する一方で 絶対に譲れないことは多々あるもので

1477

いくつかの思い出を手放してお金に換えた と思ったけど 思い出は残っていた 大体そういうものだ 古着屋で買った服に誰かの思い出が残っていても困る携帯電話の連絡先から いくつかの番号を削除した 彼らの連絡先にわたしの番号やメールアドレスはまだ残って…

1476

まぁなんだっていいのだけど いまの前髪が気に入らない 黒いコートはいつまで着られる? 朝と夕方はまだ寒いしビジネス街の労働者たち まだ黒いダウンジャケットを着てるから 土曜日の街角には花柄のワンピースを着た女の子たちがいっぱいいるなんて夢にも思…

1475

教えてくれたIDは 名前のうしろに1188と続いていて なんとなく「嫌なやつだな」と思った 実際には面白い男なのだけど物事を考えるとき 生産性のことばかり気にしてしまうのは 自分自身に生産性がないからで 期待することが幸せだとはいえ 他人を巻き込みたく…