Entries from 2017-07-01 to 1 month

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書かれなかった言葉だけを集めたことする 見なかったことにした現実 聞かなかったことにした秘密 言わなかったことにした告白 愛さなかったことにして肉体を貪り喰らうのが正しい世界で 虚構は崇高な言葉として 人々の心を震わせ 涙を誘う美しい物語となる …

897

過ぎていった日々の匂いは 届いて一番にひらく新聞紙のインキ 洗剤と糠床が混じった井戸端 燕脂と白と黄色の小菊 水に浸かったその茎のぬめり 麦酒または日本酒 焦げた肉と玉蜀黍 藻が増え過ぎた金魚鉢 汗は最も身近であるのにあまり思い出さない

896

髪を切った 恐らく誰も気付かないだろう それでも維持することは容易ではないのだ 美しいまま保つということ 庭の植木と同じこと あのひとはわたしの髪を指ですくので 滑らかにしておかなければならない 別に絡まったっていいけど あのひとに撫ぜてもらいた…

895

あまりに広い空の青さから流れるようにして 泉に潜った灼熱の街で なにも失うものが無かった 誰に必要とされることもなく ただいたずらに 責任を必要としない自由のなかに生きていた あの心細さ 未来を描くことすら出来ない空腹 砂の城を築くには水が要る 燃…

894

海岸沿いを裸足で歩きたい 湖や川ではなく 潮風の吹きつける海でなくてはならない 対岸が見えない場所を求めている 陽が沈み 蒼さが世界を包み込む時間を過ごしたい 息を止めて 水のなかで眼を開けるように

893

緩やかに溶けていった氷砂糖のようにソリッドな夢は 三日月よりも鋭くて甘い 7月 望めばなんでも手に入る 夏の魔法をかけたから 禁じられた愛すらも まやかしのひとときならば オレンジ色の鞄を持って 街に出かけよう 薄荷のキャンディを舐めながらハイウェ…

892

穏やかな眼差しが獣の眼光を放つと 眩しさのあまりわたしは眼を閉じてしまう 柔らかな頬 滑らかな皮膚 そのしたで動く筋肉 あのひとはわたしの神さまと瓜二つで でも少しも似ていない アルカリと酸 北極と南極 砂糖と塩 そう本当に少しも似ていない 鋭い眼差…

891

対岸では河床の下に備えられた電撃殺虫器が 等間隔に青白い光を放ちながら ばちばちと音を立てている 通りすぎてゆく自転車の前照灯が時おり辺りを照らすだけの暗闇 岸辺の草むらのなかでわたしたちは眠る まるで死んだように眠る サイレン わたしたちはほと…

890

すぐに消えてしまうもの 泡 蜃気楼 煙 虹 そういったものを美しいと思う 常にかたちを変えてゆくものを 追い求めることを辞めて どの瞬間も 愛しく思う 波のかたちも 砂の模様も すべてちがう世界で わたしはあなたのすべてを尊び 安らかであることを祈る

889

夜 川辺の砂は湿り気を帯びて光る 橋のしたで わたしたちは罪を犯す 生温い風を感じながら どこへも行くこともないで

888

骨のように白い髪飾りを買った 鼈甲色と迷ったので 隣にいた男にどちらが好ましいか尋ねると 彼は迷わずに白を指差して 女の子には白いものを身につけて欲しいんだと照れ臭そうに答えた わたしは彼らが求めるように振る舞うことが好きなので 白い髪飾りを選…

887

誰も彼もが悪いひとばかりなので この茶番 すこしも面白くない 彼女が彼女のことを それほど好きじゃないひとしか愛せないのは どうしようもなく不幸なことではあるにせよ 誰からも愛されないよりも 幸福なことなのだろうか 神様はあなたが思うよりずっと 愛…

886

退屈しのぎだったはずの恋煩い あるいはもう 死に至る病 その白いブラウスはまだ汚れてはいないのではなく 漂白されただけ つまり汚れたら洗えばいいし 破れたら繕えばいい そんなに難しいことじゃない 元に戻すことなんて なにも出来やしないんだから

885

簡単に揺らいでしまうのではなく 強く愛しすぎてしまっただけで 彼女はわたしを魔性の女だというけれど なんてことはない 他人より執念深いだけだ抗うことを諦めて深淵に飲み込まれてゆくのか 痛みを忘れた肉体から 流れ出た血液にヘモグロビンが足りないこ…

884

早朝 エンジンの音で目が覚めたので カーテンを開けるとインターホンが鳴った 新聞配達人なら無言で立ち去るのだけれどと 窓を開けて階下を覗くと 青いコンバーチブルに乗った夏が来ていたので 手を振ってすぐに行くから と 慌てて階段を駆け下りて扉を開け…

883

かすかな濁り ひかりは揺らぎながら砂のうえを流れる ゆっくりと呼吸にあわせるように 腕を前後にかきながら 脚を折り畳んだり 伸ばしたりして水のなかで前へ進む運動を 幼いころから教えられていて いまでは滅多にやらなくなっても ひとたび脚を砂地から放…

882

炎天下のコンクリートジャングルで ひとの波に乗るのも 雨に濡れるのも慣れて どこに行くっていうの

881

夢みたいなものですので わたしはちゃんと眼を醒ます そのことを恐れてはいけない 朝が来ていても 夜が続いていても

880

いまではもう踊りかたをすっかり忘れてしまった テキーラの焼けるような熱い甘さとか 革張りのソファの柔らかさとか どのようにして過ごしたんだろう いつかの夏 N市のクラブで 屈強な身体付きをした海兵隊の男や 陽に焼けた肌が美しい若い女たちと一緒に明…

879

この夏がいつまでも続けばいいのに 終わらなければいいのに 上手くいってもいかなくても 間違いなんて そんな 誰も正解を知らないことを

878

一瞬で通り過ぎてった曖昧な感情のこと 愛でも恋でもない不確かな けれども悪くはない 熱帯夜に吹く湿った風のような温度 なにも望んではいけないこと 花が揺れるただその一瞬だけを尊ぶことを忘れないで 彼らの手は大抵わたしよりも平たく 大きなかたちをし…

877

あなたのことを忘れそうになる 狂いそうなほど愛していたはずなのに いとも容易く 何度会っても あなたの顔を憶えることが出来なかった そのような不透明さは あなたという存在をより一層神秘的にさせていたのだけど いまではもうほとんどなにも思い出せない…

876

日曜日 友達に会えない 嵐の日 ずっとまえに解散したバンドの音楽を聴いている 初めて聴いてからもう随分経つのに すこしも古くならない いつまでも好きな歌 生きているひとも もういないひともいて それでも想いだけが残っている 理解することは出来なくても

875

なんといえばいいのか 限りなくピンクに近い菫色のヴェルニを持っていて 瓶のなかで揺らぐときには確かにパールがかった紫色だのに 塗ると愛らしいピンクに見える それは 試さなければ絶対買わないような色で なんとなく惜しい わたし以外に誰もその魅力に気…

874

七夕の夜は大抵雨だけど わたしは彼女が涙ぐんでいるのを見るほうがつらい 傘もタオルも役に立たないなんて そんな

873

氷砂糖に漬けた青梅はゆるやかに成熟し 透明な液体のなかに浮かんでいる 溶けきっていない氷砂糖は白い輪郭を持ち沈み 揺らすと砂時計のようにさらさらと動くのが楽しいのか 彼女は瓶を抱えながら何度も揺らして遊んだ 子供の頃の思い出に梅酒はない 親戚の…

872

すてきな男の子たちは 大抵だれかすてきな女の子と一緒になっている 薬指にひかる指輪がきれいね ひとりぼっちでいる男の子や女の子がダメいうことではなくて 恋人同士の遊びよりすてきなことを知ってたら仕方ないし 人生は短すぎる 楽しい時間は特に ふだん…

871

「また連絡してね」と言う こん畜生め 悪いおとなばかりだ! 台風が過ぎて 街はびしょ濡れになり アスファルトのあちらこちらに虹が浮かんでいる 幼いころによく棒でつついて遊んだものだけど あの正体を未だに知らない たぶん自動車の油だというのが我々の…

870

望まないものを願うだなんて 頓馬なことだけど いつかは本当に欲しかったのかもしれないし 明日になれば心から願うことになるかもしれない たいしたことじゃなくても 大切なことになるかもしれない その願いが叶っても叶わなくても 来週 来月になればよりい…

869

郵便受けに押し込まれた新聞とダイレクト・メールの隙間に不在票 留守番電話のメッセージに残されていたのはお告げだっただろうか 再生 再び生きること 沈黙した機器がテープを巻き戻し産声をあげる 知らない若い男の声で 死んでいたのはわたしだったのでし…