Entries from 2015-03-01 to 1 month

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満たされない欲求を埋める為に綴った言葉を流した河は淀み 濁った沼になる 泥の中から咲く蓮の花は美しいけれど 湿地では永遠に塩が得られないのだった

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全ての夜が最期の夜であるように どの別れもが永訣であった 揺らいでいる蝋燭の炎を消すたびに 彼女は骨のような指で十字を切り 祈りと感謝の詞を囁き 眠りについた 北国の春はまだ来ない

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ミモザの名前は古都にあるホテルのバーカウンターで知ったのが最初だった オレンジジュースとシャンパーニュの鮮やかな色で満たされたグラスを傾けた暖かな夜 平和について語る男に憧れて 国防軍に志願した 二十歳のことだった

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悪魔と契約した女は 涙を流すことが出来ない 魂と引き換えた幸福は 彼女の心を確かに満たし 買えるものは全て手に入れた 契約期間は短いので泣く暇さえ無かった

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十代の頃によくラジオから流れた歌のタイトルがわからないまま何年も過ぎて つまり私は知らない歌を口ずさんでいる 反復するシンセサイザーの音色 大好きな知らない歌 同じ頃に、初めて男の子と二人で映画に行った イギリス人の母と中国人の父を持つ彼の名は…

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あなたのことたぶん愛してた 神様と同じくらい もう戻れない時間は 失われたわけではなかったのだけど あまりに多くの傷が増えすぎた身体では 求めることすら儘ならなくて

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洗い桶に溜まった水に 漂白剤をほんの少し注ぐと 磨り硝子が透した朝の光で薄明るい洗面所に塩素の匂いが立ち込める 汚れた布を水に入れて指先で水に触れて思い出すのは 小学校での水泳の授業だ 泳ぎ疲れては温くなった消毒槽に隠れていた昼下がり 笛の音と…

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断片的な映像だけが何時迄も記憶に残るので 果たしてそれが現実であったのか 単なる映像であったのか時折混同する 或いは遁走した果ての夢想、暴力的な無意識の攻撃であったかもしれない そうして緑の芝生だけを求めて 私は記憶を無くしてゆく

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何処だって行けるのだ 切符を買い汽車に乗れば 線路の続く処まで 果てしなく 窓から見える景色を目で追うと 棚田の畦道には薄紫色の花が広がりトンネルを通過する度に空は明るくなる 窓を押し上げれば潮の香りがして 恐らく海は近い

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部屋に入ると人の気配がしたので「菅谷くん、いるの?」と彼女は言った. 何故、そこに居るはずもない男の名を呼んだのだろうか. 居 て 欲 し い と願ったからだ. 「おいでよ、自分の眼で確かめたら良い」その声は確かに彼の声だった「此処にいるよ」彼女は麻…

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通りの木蓮が肉厚の花弁を開かせている穏やかな午後にも自動車はめまぐるしい速さで環状道路を走ってゆく 何処かで楽団が演奏をしているらしい 聴き覚えのあるような音楽が聞こえてくる 私は長い横断歩道を駆け足で渡りきり 顔を上げて初めて其処が 既に訪れ…

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週末、あの人が生まれた街へ行き、胸に穴を開ける予定. 彼がその地を去っても私の心に穴は開かなかった. 姿を消して初めて彼は私のなかで大きな存在になり、無条件に愛せる対象となった. そしてまた概念となった彼は私と肉体的に交わらなくとも、新鮮な朝の…

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今年初めてストッキングを履いた. シームの無い化繊のガーターレスタイプで、脚が軽くなったような気分.

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エタノールの雨が降り注ぎ 河は轟々と流れた 流動化コンクリートで美しく舗装された水路を滑らかに 速く 暗がりに橙色の閃光が時折見えた

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「恋人が出来たから あなたとはもう会えない」と彼女に言われて さめざめと泣いた夢から覚めた朝にも 進々堂のパンは美味しいし 現実世界の彼女は 私が編んだ淡い緑色のりぼんを髪に飾り とてもすてきだった

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花と果物だけはいつもうちにあった 今もそうだ 新しい電化製品や 流行の服は無くても 玄関にはささやかな花が飾られ 台所の机には林檎や洋梨やら何かしらの果物が欠かされることはない ほんの少しの贅沢去年の秋に買った球根はようやく花を咲かせてくれた 濃…

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春祭りにきて 辺りに漂う日本酒の匂いで思い出されたのは葬式だった 故人を偲ぶ傍で催される宴のことだ 北国で暮らしたうちの年寄りは皆 真冬に死んだから私はいつも霙にうたれながら遺影を持ち 雪のなかを歩いた 墓地は白い雪に埋もれ 僧侶は粛々と念佛を唱…

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かたちが無いものを疑うことは自然なことだけれど、例え嘘だと判っていても信じなければいけない時もある. 眼に映るもの総てが真実ではない世界で、わたしは肉体的に生きる為にわたし自身を何度も殺す.

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聖なる名前を与えてくれなくても、私の本当の名前を思い出させてくれるということ事体が、神聖な経験だった. あなたの存在こそが奇跡だった. 遠い南の島で秘蹟はもたらされただろうか?

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射手座の女の子と雪の舞う街を歩いた水曜日の午後 私たちは共に黒い山羊革の手袋をはめて 踵の無い靴を履き 地下鉄を使って街から街へと渡った 百貨店で彼女は英国製の春用の上着を試着して それはとても良く似合っていて 誇らしい気分でさえあった

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世界の果てで凍える

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昼頃に電話で件の花瓶は在庫切れとの連絡を受ける. 残念だが、いつかまた縁があれば私の元へ来るだろう.あの美しい曲線を描いた花瓶と出会ったのは16歳の頃だった. 当時の私は透明な硝子よりも色彩が豊富な樹脂を好んでいたから、然程気に入ってもいなかった…

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昨日の服屋へ再度足を運び購入に至った. 好評で問い合わせが多いと聞かされていたが、果たして壁にそれは飾られていた. 真っ赤なカーディガンを羽織った白い水玉模様の踊る黒いワンピース!繊細な糸で織られた生地は絹のようにしなやかで美しい. 夏が来れば…

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安息日に働き、昼食に肉をご馳走になった.夕方、伊勢丹の台所用品売り場には新婚、或いは婚約中の男女が仲睦まじく新しい生活のために用意する白い食器を選んでいた. 私はそこで舶来の花器を探したが置いていなかったので、若い売り子に尋ねると申し訳無さそ…

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革命兵士による沈黙のプロパガンダ

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眠り続けるあなたの柔らかな肌を思う 時折通り過ぎてゆく自動車の明る過ぎる前照灯が 何も無い町の夜を切り裂いてはまた 元の闇に戻り やはり此処にはもう 何も無かったいつか夢で見たかもしれない あなたの乳房の温かさや 頸筋から香る甘い花のような匂いが…

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シェパードを連れた女といつか秋の暮れだか或いは冬の終わりだったのか花の咲いていない桜並木を歩いた時期になればこの川沿いはとても美しい桃色の霞でいっぱいになると少し酔った女は嬉しそうに話した僕はこの街へ来てもう何年も経つけれど桜は見たことが…

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Aと一緒に暮らすことになったのはBではなく私であったかもしれないことはつまり Aが与えた愛は私のものであったし Bの受けた仕打ちは 私が受けるものであった私とBは殆ど面識が無いにも関わらず 非道く打ちのめされたような気持ちになったのは 私自身をBと重…

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I have everything what you want.