Entries from 2016-05-01 to 1 month

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もっとも深い色味のなかへ 沈んでゆく あるいは溺れている 音のない世界幼い頃にみた 金属の彫像が並ぶ高原は それから長いこと 不可解な記憶として残った 静かにしなければならない美術館は大嫌いだった 野山を駈け回りたい子供にとって シュールレアリスム…

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午睡から醒めると 絨毯が珈琲を飲み干していたので 代わりに水を飲んだ 気怠さのなか 漂白剤を振り掛けると たちまち白い斑点が浮かび上がり どうにも周りより色が明るい つまり絨毯自体がすっかり古くなっていたのだった それで気が滅入り 途中で投げ出して…

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生花店の薔薇は 棘を抜かれて なす術もなく愛でられる 生まれながらにして 棘など無かったかのように 硝子瓶のなかで佇んでいるだけ南向きの部屋は明るく 大きな窓から見えるのは 旧い街並と その向こうに海 坂道を真っ直ぐ降れば夏がある 水兵の描かれた小…

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安息日 職場のある街へ向かうと 観光客が溢れており なんとなく浮きたつ 白いワンピースを着た彼女と待ち合わせ いつもの店で食事をとった 雨は止み 雲間に覗く空はまだ 澱んでいるが それでも陽光は穏やか 明日は洗濯をしよう

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揺蕩うままに伸ばした髪が 肩甲骨のしたあたりまで揺れている 来年には 腰まで届きそうねと 彼女は微笑みながら わたしの髪を編んだ 子供の頃 ふざけて脱色をしたけれど 少しも似合わなかったから それからずっと髪は染めていない 美容師に ところどころ 茶…

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街はまどろむ 光化学スモッグの濁りのなか 沈む女は 太陽のしわざだとうめきながら 二度寝をする 舟は来ない 最後の筏乗りが タンカーの操縦士に転職してからというもの 流れてくるのは 虹色の油ばかり 或いはすべて午睡だった

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ピンクのボディバターを指ですくいながら すりーず の 香りが よくわからなくて なんだか外国製のガムみたいだなぁって思う むかし ロンドンに住んでるママの友達とその子供と会って その子は何年かぶりの帰国だし あんまり日本語が話せなかったけど 背が高…

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それからまた大人になって 微笑みながら頷くだけ 他人に期待をしないことは つまり 人間不信であるからだと 誰かが言ったけれど 信じることと期待することが 同じこととは思えない 期待に応えられることを信じて とは言えるのかもしれないが

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忘れるような痛みが青痣になってしまい気が滅入るあの人は傷ひとつ付けずに 何処かへ行ってしまったから わたしはきっともう 思い出すことが出来ない それは悲しいことなのだろうか わたしはいったい何を望んでいたのだろう

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旧友と逢い近況報告をしあう ビーフストロガノフは 昔 プラハで食べた あの名前も知らない美味しい料理だったと知った それから 取置きを頼んでいたサンダルを買いに行った 店内は人が溢れ それは夏の到来を感じさせた 新しいサンダルを履いて どこの海岸を …

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神さまが喫煙所で一服をしていた それは幻であった 彼は何処かの旅行者であったから 「菅谷くん?」 沈黙 振り返って視線が合う 再び沈黙 「菅谷くんでしょう?」 時間が止まるような沈黙 「違います」 わたしは「ごめんなさい」と言い 手にしていた煙草を喫…

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踊り続けるには赤い靴が必要 あたらしいステップの踏み方を教えてほしい 蜜蜂みたいに踊れるような そういう軽やかさが知りたい もう随分と遠くまで来てしまったけれど また戻れると思うから きっと

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真夜中の貨物列車が 汽笛を鳴らしながら通り過ぎてゆく ヴォトカは透明な瓶から 流れてゆく かつて兄弟であった かもしれない まだ見ぬ国の誰か すれ違うのはいつも歩車分離信号のある交差点で 急ぎ足だから気付かない 針葉樹林の無い 穏やかな気候の街で 虎…

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東より来る友人と夕食をとった エスカルゴと挽肉 それから赤ワイン なんて贅沢!かつてその店には N氏という年配のウエイターが勤めていた 創業1897年の店なので ありえない話だが 創業時からいらしたような風格で 洋食店に相応しい人であったが 10年ほど前…

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なにかとっても悪いことがしたい 子供の時から黒いブーツや ピストルが好きだったのに 積もった雪に埋もれても平気なジャンパーではなく メルトンのコートを与えられて育ったから 今になってから 悪戯ばかりしたがる でも やるならとびきり楽しくて 笑っちゃ…

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嵐の日に出会った男の子は まるでフレッシュなオレンジジュースのようだった 若くて 健康で そのうえ背がとても高くてハンサムだったから 濃縮還元ではなく100%搾りたての 新鮮な青年だったのだ わたしはいつも100%の女の子でありたいと思っている 髪がぼ…

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庭で育てたさくらんぼを収穫してコンポートにした 種を取るのが難儀なのだ 籠にたっぷり採れても ナイフで一粒ずつ種を取り出して 実と分けると ほんとうに少ししか残らない 空豆も同じだが 食べられるところが少ないと なんとなくかなしい はじめから量が明…

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かつて祖父母が暮らしていた借家の裏には ちいさな柘榴の木が植えられており 秋になると ごつごつとした臙脂色の石のような実を結んだ 爆ぜた実の中から零れだす血の雫のような粒 酸っぱくて渋いのに その一粒ずつに秘められた甘さが 透きとおった深紅の色が…

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夕焼けがおわったあとの空と 朝陽が昇る直前の山際は似ているのに ちがう世界にいるみたいで わたしはどちらも好き 春と秋 夏と冬 どの季節も好きなように 光の粒を集めては 暗闇のなかで 灯火に透かし 眺めて遊ぶ

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「存在を頭から否定されることでしか 他者も 自分自身も 認識出来ないとしたら わたしはおまえを金属バットで打ちのめす以外に手がないが やりたくもない そんなことをしたって無駄だ なにも生まれない 脳震盪を起こして気を失ったとしても 記憶までぜんぶ …

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何も恐れずに生きていられたら往い 小雨のなかを 濡れながら そう願いながら歩いた 頭のなかで流れるの祈りの歌 主によって我等はひとつに なれたら払拭された不安 乾いた道路 明日からまた 晴れるらしい

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傘を差さないのは そのような習慣のない暮らしが長かったせいであるが 多少の雨粒が髪を濡らすのは 心地よく 幼いころの楽しい記憶を呼び起こしてくれる 夏休み プールで泳いだあと 夕立のなかを走った 真っ直ぐな農道 まわりは青田 目の前に雷が落ちて 一瞬…

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祈りのうたが聴こえた 空のうえで 黒い煙を吐きながら飛ぶ戦闘機は いつの間にか 消えた 夢だったかもしれない 唇も 指先も 身体の奥に残された 痛みだけが 確かだなんて

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文鳥を飼わないかとしきりに勧められたが 世話が出来ないのでと断った 買えばそれなりの値段がつく良い鳥らしいが 如何せん生き物を飼うのが苦手なのだ なにかの間違いで死なせてしまうのもつらい 動物自体はとても好きなのだけど 命を管理するということが …

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死別以外に終わらせることが出来なくなるのは 国境を越えても 時代が移り変わっても 同じことだというのは ある意味では救いになる 愛の純粋さとは何なんだろう アンナ・カレーニナ [DVD] 出版社/メーカー: 松竹 発売日: 2015/08/05 メディア: DVD この商品…

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外へ行こう 人と話そう 美味しいものを食べて 素敵な音楽を聴こう 太陽の熱さや 眩しさ 風の冷たさや 強さを感じよう 頬を濡らすのは涙ではなく 雨 もしくは 水しぶき ああ 海へ行きたい! 砂のうえを裸足で走りたい!わたしの海辺には 死んだひとしか現れな…

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約束などしていないのに 貞淑である必要もないのに花が枯れてゆくのは寂しい ベランダから 屋根のうえを這うように伸びる薔薇を眺め 塔のなかの乙女のはなしを想い出す ここには誰も来ないから なにも恐れなくていい きみがソファに寝転がっていたことなど …

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サンダーバードでトンボ帰りする男と寝返りを打ったのは箱根か鎌倉か いや 海のない街だった 結局どこにも行かなかったから 若き日のダスティン・ホフマンに似た男やもめで 身長は185cm 名誉のために決闘をした それがわたしのさいしょの恋人で きょう初めて…

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着るものによって気分が変わるというのは よく言われることであるけれど 新しいフレンチリネンのニットを着ていると 背筋も伸びるし ちゃんと食事を摂ろう まっとうな人間になろうという気持ちにもなると 彼女に話したら 素晴らしい効果ねと 微笑んでくれた …

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泥のような眠気 あの人は嵐を求めて 密林を目指す わたしは鰻が食べたいと思う 北海で採れるあの鰻を 鉈でぶつ切りにして 雑貨店にて 昔の友人によく似た女性を見かけた 長い 柔らかな髪の毛先は巻かれて 背中のうえではずみ 足音 そう 振り返ったときの 足…