Entries from 2018-06-01 to 1 month

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靴の爪先にラバーを貼ってもらおうと 下駄箱からハイヒールを出すと 踵が両足とも壊れているのに気づいた もう10年近く眠っていたのを貰って履いたのだから仕方がないことだろう いつもの店へ行くと愛想のよい職人がにこにこしながら預かってくれた 引き取り…

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何年も前に殺した女の名前を検索する 彼女の名前も顔写真も検索結果に表示されないことを確認して安堵した もう彼女はいない 人は肉体が滅ぶ生物的な死と 存在を忘れられたときと二度死ぬというが 彼女はほぼこの世から消えたといえよう あとはわたしが忘れ…

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書店へ行き取り置きしていた雑誌を買いにいくこと目覚まし時計を修理して ちゃんと鳴るようにすること素敵な名前の店の話を聞いたけれど 行くことはないだろう なにせとても高いのだ 毎日通わないとしたならあまり意味がない そういう店の話だった

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小柄で手足は枝のように細いけれど よく歩くし 短い金髪は柔らかくて 白い肌によく似合っていた カリフォルニア・ガールの名前を思い出せなくて 考えているうちに 髪をお揃いに編んでくれたことや 歴史博物館では露骨に退屈そうな欠伸をしたこと カジノへゆ…

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夜の特急電車は果てしなく続くトンネルの中を走るように バラストの上に敷かれたレールを走り 前照灯が闇を切り裂いてゆく 暗さはしかし無限に広がり いくら途切れたところでまた繋がってゆく 頼りなく光る車内灯は朧げにあなたの輪郭を照らし その表情は如…

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橙色に燃え上がる西の空から生温い風が吹くテラス席 並んだ丸いテーブルの間を歩く娘の長い円形スカートの裾が踊り 夏の夜が始まった 生命の水を注がれた幾多ものちいさな酒杯が銀盆に載せられて運ばれてゆく どの季節にもこの一杯がなければ宴とは呼べない…

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旅立つ準備が整わない部屋のなかで あたらしい生活を始めるひとたちのことを思う 憎んでもナイフを向けることが出来ないなら 一生離れていたほうがいい

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木綿豆腐 油揚げと豚肉を200グラム買ってきた 先週買ったアボカドが熟したので サラダにしようと思う トマトとキュウリが入った冷製のミソスープを試してみたい

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必要なものだけを吟味して選ぶこと 値段で決めたり なにかの記念にという理由で買うのはやめること 勿論そうして手に入れたものが役に立つ場合もあるけれど 大抵想い出にしかならない 想い出は買うものではなくつくるほうがいい 身の回りを整理しておくこと …

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西の空は橙色がおぼろげにひろがり 通りもまだ明るく 確かに今日は夏至だった鉄筋コンクリート製のビルに妖精は現れない 地震のあと現れたのは大きな亀裂だった 階段が落ちてしまったなら どのように逃げればいい 立入禁止になったフロアの生温さ 外の温度を…

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また雨が降っている 眠くてなにもする気になれない こういう日にこそ映画を観てやり過ごすのがいいのだけど たぶん五分とたたずに寝てしまうだろう よほど笑えるやつなら起きていられるかもしれないけど そういう気分じゃないということ

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通路の窓から見える景色は大して見晴らしが良くもないし 排気ガスを撒き散らしながら何千台もの車両が片側4車線の道路を走る その奥には取り残された墓地と再開発事業で手付かずの空き地ヒリヒリするような気持ちになるのは 街のせいじゃないのに あの感じは…

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ひらひらと舞う数多の羽根 緑織りなす林の奥で 殖えてゆく生命の温度が知りたい 孕めない雄の熱さと 殖える気の無い雌の冷たさ わたしはこのまま 土へ還るのだろうか 灰は灰に 塵は塵にとは言うけれど

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ニルゲンドヴォの切り通しは土で埋め立てられ まるで初めからなにも無かったかのように ヴォトカの流れてゆく音とエタノールの香りだけが風にのり漂っていた 森には白黒の羽根をつけた蛾が飛びまわり 小屋の扉のまえでは三匹の鼬がどこからか盗んできた干し…

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今年はじめてさくらんぼを買った それから枇杷とパイナップル アボカドも一緒に 夏は果物の種類が豊富で嬉しい 冬の間は毎日のように林檎や柑橘類を食べていたけれど 桜桃や李が好きなのでこの時期が来るのを楽しみにしている いつだったかお土産にもらった…

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家に帰らなければ 帰らなければならない でももう時計の針は11時を示しているし 白夜のない街はとても暗いので このままここにいるべきかもしれない ところでここはわたしの家であった わたしはどこへ帰ろうとしていたのだろう? そんなことより早く帰らねば…

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過ぎ去った日々のことばかり想い患う あの夜 初めてわたしの名前を呼んでくれた雪の日に わたしはわたしになったと思ったけれど そうなるべきではなかったのか 壊れて もう建て直すことが出来ないのだろうか

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医者はわたしの胸に聴診器をあて 息を大きく吸ったり 吐いたりするよう指示した それに応じるのは子供のころ以来かもしれないと思う ワンピースの背中のファスナーを閉じようとしたら 白衣を着た背の高い赤髪の中年女が背後に回って引き上げてくれた ホック…

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鶏と犬の鳴き声で起床 ゆうべのアルコールが残り頭がずきずきと痛んでいる 日焼けして黄ばんだ紗のカーテンをあけると 昨日と同じようにM河の茶色い濁流が見えた 景色が楽しめるのは悪くないが 別に見えなくてもいいようなものだ 数日前の豪雨の影響が残っ…

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絡まった髪をほどいて それは愛でした M河沿いの安ホテルに宿を取った 階段しかないビルの5階からは三角州が遙か遠くに見える 寝台とちいさなテーブルが一台あるだけのちいさな部屋は壁の漆喰が剥がれかけているし 申し訳程度にある洗面台の鏡はあちこち錆…

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なるべく思い出さないようにしてきたけれど 人生のうちでほんの数日しか共に時間を過ごしていない男に対して これほど激しい感情をもつのは偶像崇拝とか信仰とかにちかいものがあって 恐らく いや間違いなく 彼と1週間も一緒に暮らせば充分満足する という…

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日常を切り裂く悲鳴駆けつけた救急隊員は「ここは特別な場所ですから」と言ったので 確かにここは日常的に特別な場所であることを思い出した そうしてわたしたちは何度も同じ説明を繰り返し 彼の意識が戻ることを祈った

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言葉にすると面白くなくなってしまうこと 口に出すと笑っちゃう話になること 思いもよらないひとの 想像出来ない一言 救われたり救われなかったりするけど 大抵のことは大丈夫 泣きたくなるような話をしてる内に笑えてきて 馬鹿みたいって言ったら そういう…

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宿題も試験もない夏休みを取り戻すのに 誰にも邪魔させない 強くならなければJetzt oder nie!チャンスを逃してはならない その時のために爪は磨いておくべき

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高校時代 2年間だけ彼女と同じ学舎へ通ったけれど 一度も話したことはなかった いや先生に頼まれてノートか何かを渡しに行ったことがあったので その時に名前を呼んだと思う 彼女はわたしの名前など知らないだろう それからもう何年も過ぎて大人になり わた…

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初めて通る道 初めて座る車の助手席 初めて見る運転姿 ひと通りの仕事を終えて帰路へついた フロントガラスに落ちる雨のしずく こんなに早く降り出すなんて思わなかった 来た道を戻る道すがら北国の街を思い出した 赤い煉瓦造りの建物は郵便局だったけれど …

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もしも生霊になって ひどい奴らを皆殺しに出来たとしても 彼がわたしを好きになることもないし 手に入らないならいっそ殺したい でも出来なかった そうだ あの日わたしは彼を殺せなかった そのうえ誕生日には骨が欲しいかという彼に 5分でいいから長く生き…

1205

たとえば痩せたら 二重瞼になれば 鼻筋が通って顎も細くなったら 癖毛が絹糸のように美しい金髪になれば レースのワンピースから白い肌の長い手足で歩いたら 街ゆく人々がみな振り返ってその残り香にうっとりするような女であれば あとどれくらい後悔すれば…

1204

薄暗い建物から外へ出ると 太陽のまぶしさに目が眩んだ 川べりはもうすっかり夏になっていて 清流を何十匹もの小魚が泳いでいるのが見えた 時折鱗がきらきらとひかる 光と影の対比が強くなり 木々や草叢の葉は一枚一枚がその色を確かに主張し 砂利ですらから…

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白い丸襟のブラウスを買った 柔らかな生地が生クリームのようにとろりとしている それからチュールのアンダーウェア もうどうしようもなく可愛い しばしば下着姿で暮らせたらいいのにと思うくらい 世の中には素敵なランジェリーが溢れていて しかも長年着て…