Entries from 2016-03-01 to 1 month

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ブルーのアイライナーを買ったときは 完全に血迷っていた それでも深夜の蒼さならば うまく行くかもしれない 普段は漆黒 瞳は茶色 唇が紅いのは 躊躇った血をなめたからなんて

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流れていったはずの音楽の渦に飲まれたまま三月は去る 眼を閉じれば広がるのは 海ではなく森だった 樹々の間を揺れる木漏れ日と 舞台の照明は 時々似ているので いつだったか 鹿毛の馬に乗り 駈歩で森を走った夏のことを思い出した他者としか得られない快楽…

409

湖のかたちに似た 緩やかな曲線を描いた器に 灯火を入れると ひかりは幾つものひかりになってひろがったあなたの澄んだ眼のひかりは 世界を照らす 燭台のしたですらも 輝けるだろう その明るさが 濁らないように 澄んでゆきますように

408

大理石で造られた 神殿だったかもしれない 整然とした階段が美しい空間には 屋根の代わりに果てしなく青空が広がり 石柱の向こう側には 海が見えた 君はスマートフォンを片手に グーグルマップで 此処が何処であるかを探るのだけど 結局わからなかった それ…

407

新しい下着を買いに行った 店のメルマガに登録しているので たまに割引クーポンが届くし 新作の情報だって送られてくるのだねぇねぇ 下着にも春夏コレクションだとか 流行があるってご存知でした?やっぱりフリルがついた花模様がトレンドよねぇ 誰に見せる…

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パステルカラーの花柄と ナイロン製のレースで 何巡目の春が来るの トマト色のタイツを履いた脚が 卵色のタイツを履いた脚と絡まる ふたりはレタスに似たフリルのワンピースを纏って クスクス笑いが止まらない「おひるに わたしたちはお肉を (血の滴るステー…

405

酒場の片隅で話されていた言葉に 耳を澄ました 時計の針は午後10時をまわったところ 彼らはひそやかに 唇を震わせるように話す それは雪深い 冬が厳しい国で暮らす人々独特の話し方なのだわたしは火酒を嘗めながら 柔らかい白身の魚を食べた この街には港が…

404

川岸の街は 夜の光を流すので いつまでも明るい 眠らない君は 船に灯を乗せては 見送る ことを 嗤うひとがいれば 嗤わせておけば佳い誰の言葉も 君を癒やすことはなかった 指の間から零れてゆく 水のようにわたしの神さまと 君の神さまが違う存在であれど 尊…

403

月の満ち欠けの秘密を教えてくれた君の空はまだ青いから わたしは兄とふたりで手を繋いで歩いた リノリウムの床が歪む出生や排卵が 満月と関わりがあるというのは なかなか素敵だけど いつまで血にまみれた苦痛が続くのか 殖える気もないのに 満ちては引いて…

402

言葉を知ることが好きだったのではなく 意思疎通を図るために 言語を学ぼうとした 歌詞カードの翻訳ではなく 生の言葉で 音楽を聴きたかったわからない言葉は まだ沢山ある 元より覚えが悪いので 難しいのだけど それでも 今でもあたらしい言葉を知ることは …

401

慌ただしくすぎてゆく休暇 ひとに会わないように 誰にも顔をあわせないで済むように わたしは浴室の隅にしゃがんで タイルを磨き続けた かびた目地は白さを取り戻し 漂白剤の香りがあたりに漂っている 混ぜるな危険と書かれたボトル 彼岸参りにはいくつもり…

400

春の午後に布団から抜け出せないわたしは いつだったか ちいさな死に浸っていたときに あなたがかけてくれた毛布の柔らかさを思い出し すこしだけ穏やかな気持ちになる あなたはやさしいから ほんとうにわたしが死んでしまっても きっと屍の肌を隠してから去…

399

知らないひとから手紙が届いた ブルー・ブラックのインクで描かれた 神経質そうだが 細やかな愛情を感じさせる筆記体でつづられた署名を見て 夢のなかのわたしは とても喜んでいた それが誰であるか まったく知らなかったのに異邦人の春に 真っ赤なアネモネ…

398

お金で買えるしあわせならば買えばいいけれど「どうしても僕が欲しいなら3億用意して」そう言ってから「無理でしょ?だから僕は誰にも縛られたくないからそう答える」と彼は続けた けれど たとえ3億円がつまれても 彼は自由を選ぶだろう 孤独なのだ シベリア…

397

殺さないで退屈 時間が溶け出す アイスクリームで出来てるの わたしの身体 いつだって 忘れた頃にやってくる 夕方の公園で 鐘を鳴らして遊んだ 冬のおわり 一斉に飛び立った鳩の群は 試験用紙で折られた無数の夢だったんだ夢だったんだ「ブーケガルニとクス…

396

銀行からおろしたばかりの現金の束を積みながら このまま逃げちゃおうかと彼女は言った 私たちがいなくなった事務所 持逃げされた1億円 世界中を豪遊して回ろう / 美味しいものをたくさん食べて /服や靴を買い漁って / 男の子はどうする? / いらないわよ /…

395

お散歩車に乗せられた子供たちは 黒い瞳をきょろきょろさせながら 頬を赤く染めて 横断歩道のうえを渡ってゆく 毛糸の帽子をすっぽりかぶった女の子は 後ろから悪戯好きな男の子に突かれているが 誰の仕業かわからないようで ちょんちょんされるたびに さっ…

394

死なない男の子へ手紙を書く 宛先を知らないので 書いてから燃やした 燐寸の炎は暖かくて綺麗だった死んだ男の子は手紙を捨てなかったので 部屋には大量の白や桃色の紙が束になって残ってしまった 最後のやりとりはしかし 残酷なものであったのだけどほとん…

393

家人が 向かいの家の玄関にミモザが咲いていると言うので 見に行ったらレンギョウだった 確かに黄色い廊下と階段に掃除機をかけ 自室の窓を拭く 断捨離が生きるための行為であれば 身辺整理は死に向かうための行為であるのだが わたしにとってはどちらも同じ…

392

痛みについて 鈍いのか 強いのかわからないけれども 注射も 金属を胸に埋めたときも さほど痛みを感じなかった 口内炎を誤って鋏で切られたときは泣いたし それを縫うことになったときも また泣いたけれど 傷痕はほとんど残っていないし どちらの医師も 何処…

391

黙祷の日が増えて 出会っていたかもしれない人々が減った 何をどのように祈れば良いのか ほんとうは知らない 正しい祈り方を 知らない 会議室で起立し 号令で瞼を閉じながら まだ訪れたことがなかった 海を 街を 暮らしを営んでいた 人々のことを 想う

390

透明な器に花を飾る 果物を盛る 乳を注ぐ 水滴が落ちる 気化熱なのか それは 蒸発した人間から発生した雲は 千島列島を漂い やがて 涙のようにからい雨を降らせる 橋の上に撒かれた凍結防止剤を 踏みながら歩く 雪はもう 降らない この暖かさならば 硝子瓶の…

389

雨が降っている 冷たい水滴が 髪を伝い 額から頬を濡らす いつだったか アメリカから来た男の子と歩いたときも そのように降っていて 彼は短い金髪の頭を振りながら "annoying " と言った 彼は今頃ニューヨークで 暮らしているのだろうか 雨の夜 交差点にく…

388

初めてミモザを見たのは マラケシュだった 桃色の街 断食月を控えた6月のこと旅行にゆくときは ヒールとビキニを必ず持ってゆくの いつでも泳げるようにと言うと 友達は イヴニングドレスも必要ね と微笑んだけれど 大抵昼間から長いドレスのようなワンピー…

387

あの湖のような 花器が忘れられず 今年もまた 探しに行った 返事は明日だ 水滴がついた皿は 果物を美味しく見せるだろう ソルベや チーズケーキもきっと似合う 待ちわびた季節がやってくる わたしは太陽が恋しい ひかりを もっと あざやかな緑を

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どうでもいい話ばかりする 終わりがない話なのだ 結論は出ない うつらうつら流れるだけ カフェインとニコチンで思考は緩慢になってゆく わたしなぁ 冷たいことゆうけど と彼女は俯きながら あの子が死んでも何とも思えへんわ とつぶやいた 事実そうだった 生…

385

耐え難い雰囲気の空間 純然たる居心地の悪さを感じて まるでジグソーパズルのなかに混じった別のパズルピースになったみたいだった いつだってそうなのだ 愛想よく笑えないし 他者を喜ばせる楽しい会話も出来ない そもそも存在していること自体に違和感があ…

384

街宣車が走るので 凱旋門を思い出した ついでに 日本から撤退した化粧品店のことも真っ赤なグロスと マニキュアを塗り おまえにはまだ 早過ぎると窘められた 夏だった わたしはホテルのベッドで 乱痴気騒ぎ 誰かが歯で開けたバカルディを飲んで 枕は灰だらけ…

383

霜がおりては 溶けて ぬかるんだ畦道は次第に青さを取り戻してゆく 麓の町には 幾つも白い小さな花が咲き 太陽が樹々の影を落し 雲雀が何処かで歌いはじめた 彼女はベージュの軽いコートを着て 鼻唄まじりに歩く それは去年の春にふたりで百貨店へ見にいき …

382

黄色の線を越えると 線路に転落したり 列車と接触したりするおそれがありますので お見送りの方は 線の内側にて 座らずに ご起立下さい そう 真っ直ぐに 踵をきちりとつけて 敬礼 わたしは港へ戻ります 白い波飛沫を立てて 海原を進む船に向かって 手を振り…