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嵐が来る夜 ニルゲンドヴォには池が現れる それは暗闇のなかで静かに広がってゆく

失くしたはずのボタンが あぶくのように浮き上がってくる それは雪の日に母が着せてくれたウールのコートについた黒い木のボタン 公園で友達と掴み合いの喧嘩をしたとき 引きちぎれて飛んでいったクマのかたちの飾りボタン 夏の上衣についていた兄が飲み込んでしまった空豆のような緑のボタン 父が慣れない手つきで直してくれたけれど 結局取れてしまった白いブラウスのカゼインボタン 憧れの先輩がくれた制服の第二ボタン 祖母から譲り受けたシルクのワンピースについた真珠のボタン 懐かしさからそれらを拾いに行ってはいけない 暗闇のなかで池は澱む あらゆる感情が渦まく水のなかで 怪物があぶくを吐き出しながら人々が水面に手を触れるのを待っているのだから