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卒業式の日が雨だったか 晴れていたかなんて覚えていないし みんなどうでも良かった
よくある話だけど学校が嫌いだった 興味もない歴史を覚えたり (ギリシア神話はロマンティックだと思う) よくわからない計算をしたり (解なしってどういうこと) 仲良しグループで休み時間ごとにトイレへ行ったり (行かないと洗面所で何を噂されるかわからない) 可哀想なくらいのろまな子だったので 何をするにも要領を得なくてそのくせ強情をはるのでどうしようもなかった
それでも週末 教会で聖書を講読する時間は好きだった 毎回終わったら感想を書かなくてはいけなくて みんな嫌がったり 居眠りしては立たされたりしていたけど わたしはその時間が好きだった まだ新しいステンドグラスはそれなりに綺麗だったし 感想文は幾多も書かされた小論文やレポートのうち唯一採点されなかったからだ 或いは教師の理想通りの文を書いていたのかもしれないけれど
もしも高校時代の自分になにかを伝えることが出来たとしても どうせ聞きやしないんだから無意味だけど ただ 寝る前にチョコレートを食べたら ちゃんと歯磨きをしないと虫歯になるぞとは言ってやりたい
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悪魔が契約を見直そうという これまでの業績を鑑みるに 僕の腕前は魔界での評価がすこぶる高いらしい 名誉ある地位 庭付き一戸建て 自家用車 あたらしい家族との生活 「彼女 早くドレス着たいんじゃないの」と悪魔が囁く 「悪い話じゃないと思うよ このご時世にさ」 金に眼が眩んだ僕は 言われるがままに親指に針を刺して拇印を押した 朱肉より赤い色が契約書にうつり ちいさなちいさな字で書かれたまどろっこしい文章が一斉に踊りだしたと同時に 悪魔は高笑いして煙になり 契約書を巻き込むと消えて あとにはその写しだけが机の上に残されていた 律儀なやつだ
虫眼鏡を使って契約書を読むと 無頼漢になって自由を得る権利には抹線が引かれていた 代わりに様々な義務が押し付けられていたが いずれにせよ大したことではなかった どのみち自由なんてものはないのだ! 今やあらゆる規則と制限のなかで どれだけ楽しめるかが重要なのだ