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わたしの知らない世界 マティーニグラスのなかで水浴びをして スワロフスキーのシャンデリアの下で身につけるのは化繊じゃない本物のシルクだけ パーティは人目につかない地下ではなく 夜景が見える高層ビルの最上階で行われていて 何人もの女たちが薄くて軽い生地のドレープを揺らしながら真っ赤なルージュで微笑んでいる 張りぼてだらけの調度品で飾られたブティックに飾られた 誰でも細く見える鏡が 水銀みたいに歪んだ一瞬に飛び込めば辿り着ける世界 時計の針は23:59:00と23:59:59の間を行ったり来たりし続けて魔法が解けることはない なんて孤独なんだろう

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久々に葡萄酒を買った 飲むのは蒸留酒ばかりなので 料理に使うため 魚介の酒蒸しが好きなのだ 日本酒のそれも好きだけど 柔らかい白身の肉なら 白葡萄酒が良いと思う 別々に食べてももちろん美味しいけれど

 

そういえば エスカルゴの缶詰を見なくなってしまい 少し残念な気分 あまり売れなかったのかもしれない ボルシチ用ビーツの水煮も買っておけば良かったと思う

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毒という字と妻は似ているけれど ゴケグモの名前は咬まれるとその毒で死に至り 後家を迎えることになるというのが俗説にある でも実際は英名の Widow spider をただ和訳しただけ 交尾後に雄を食べて未亡人の蜘蛛になっちゃうからだって 悲しい

何年か前 男やもめと付き合っていたことがある 奥さんはなにかの紛争に巻き込まれて死んでしまったと言っていたけれどほんとうだったのかな 彼はとんでもない Panty melter だったから 誰にも殺せなかったんだと思う 何度か咬みついたけど てんでだめだった

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裏庭に杏の花が咲いていた 白い雪のようだが 若葉も一緒に芽吹いているので爽やかな色合いをしている 実ったことはまだない 一本しかないから 受粉のしようがないのだった

さて 蜂蜜が冬に結晶化したまま 一向に溶ける様子を見せない 白くて固いバターのようになっていて スプーンですこしずつ削ると ほろほろと崩れる 欠けらを摘むと指先の温度でもぬるりと溶けて 舐めるとたしかに蜂蜜の味がするのだけど どうにも不思議な感じ たぶんその色が石鹸に似ているからだと思う

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理由があってスープに入った肉を食べられないというので 代わりに食べて 僕のデザートに添えられたメロンをあげた これも理由があって食べられないのだけど 彼女は嬉しそうに 一番にメロンを食べて 間に苺 キウイ 生クリームのついたプリンを食べて 最後にもう一度メロンを食べた とても美味しいご飯だった

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北方のケルキパ共和国では 春に咲く喇叭のような花被片がついた黄色や白色の花 そう細い葉が根もとからすらすらと伸びるあの花のことを 『復活祭の百合』と呼んでいた 移動祝日なので 咲いていない年もあったけれど 大体この時期には咲きはじめている 

 

外はまだ雪が残っているので 卵はうちのなかに隠す 屋根裏 寝室 台所 こどもたちの数だけちゃんとあるから大丈夫 隠したまま忘れることもない

 

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服も口紅もしっくり来なかったのでそれはわたしの色ではなかった 毎日見ている顔なのだから似合わない色くらいわかる ただ機会があれば試すのは大切なことだ 思いがけず似合うことだってあるのだから 知らない間に味覚が変わるみたいに

 

結局 食料品店で生魚を買った 先日バターを安く手に入れたのでムニエルにしようと思う それと玉葱のスープ サラダはブロッコリーとゆで卵をレタスと混ぜてミモザ風にしたい なにせもう春なのだから

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山際の村は彼方此方が桜色 わたしは花が散ったはしから 伸びてゆく青々とした若葉が好き 穀倉地帯が一面緑になるのも嬉しい 夜がどんどん短くなって 光が世界に溢れる季節はなんて健やかなんだろう 

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くだらないことは日記に書けばいいので ここにはくだらないことしかない 本当のことを書けば愚痴なるから書きたくない いらいらするのはPMSだけど 高層マンションの非常階段を見ても「あそこから落ちたら死ねそう!」とは言わなくなったし 恋人に当たり散らすこともやめた 面倒だからもう全部無かったことにしたい くだらないことしか言えない 本当のことを言って否定されるなら言いたくない くらくらするのは低血圧だけど 朝起きられない理由にならないし 副作用が酷いから薬を飲むはもうやめた 億劫だからもう全部無かったことにしてほしい なんて不完全なんだろう そうして耐えられないわたし自身の存在に嘔吐したんだった

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復活祭の飾り付けをしようと思ったのに あのカラフルな羽根がもうどこにも売っていない 仕方がないので 家にあった餅をこねてつけることにした 紅も混ぜて 白いのと互い違いにつけたら 正月飾りになった

ウサギの形をしたチョコレートを手にした子供「どうして卵とウサギなの」と尋ねる 「それはね坊や ウサギは一羽 二羽と数えるでしょう」 「へぇ 僕ウサギの卵見たことないや」

わたしだって見たこと無いわよ

 

ギムナジウムで飼っていたウサギが死んだとき 体育館裏へ埋めに行ったら 白いちいさな卵の殻が落ちていて 誰かが「蛇の卵だ」と言った 恐らくそれは本当にそうだったのだと思う