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仔犬がいなくなる夢をみた ほんとうは仔犬など飼っていないし そもそも生き物を飼ったことがないので どうしたら良いかわからず というか いなくなったなぁと思いながら ニュースを見ていた

たぶん警察に届けるべきなのだ 仔犬がいなくなりました 白くてふわふわした毛の綿あめみたいな犬です 種類はわかりません 人を噛んだり襲うようなことはありません だってとても小さいから きっと何処かに隠れていると思います とか探すべきだったのだ

 

目が覚めてわたしは恋人に電話をかけた 「飼っていた仔犬がいなくなったの」彼は眠そうな声で「君んちのマンションはペット禁止だったんじゃないの」と答えた そうだったかもしれない

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何か気に入らないとか どうしても嫌だという理由はなかったけれど A市に留まる理由が見つけられなかった それは結局どの人のことも生涯愛せる自信が無く 何処かの改札で別れたきりになってきたようなもので 誰かが悪いというわけではないのだ 人と人の行き違いならばどちらかに落ち度があったかもしれない どの街にも愛着がわかない 一方でどの街も然程嫌いということもない 特別に好きな街があるというのは素敵なことで羨ましいと思う

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誰のことも忘れていくのだ 嘘も本当もないまぜにして 傷は出来るだけ浅くなるように 痕が残らないようにしなくてはいけない

 

なにが最善であるか 犯した罪を償うため最良の方法を彼は苦心して選び出す もはや手遅れである事実を目の当たりにして それでも生きていかねばならないなら どうにか


わたしは彼らの平穏を望む

 

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久々に会った調査団の団長が意気揚々としながら ニルゲンドヴォへ行った話をしてくれた 彼はわたしがニルゲンドヴォで生まれたことを知らないし これからも話すつもりはない 調査団の男たちは村にある水力発電の設備を修理したようで あの古い水車小屋のところだなと思い浮かべながら 心の中でお礼を述べた 団長は水車小屋のはじにちいさなミズブドウの木があり たわわに実っていたので 一房摘んで見たが あれは本当に砂糖水の雫みたいだねと言った もいですぐに乾いてしまわなければもって来れたのに と残念そうにしていたので 砂糖水なんかよりずっと美味しいですよとは言わなかった

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湖のほとり 街の果て バスは来ない かつての行楽地

アンヌが湖のかたちに沿った曲線が美しいアパルトマンの最上階を買ったらしい 飼っていた犬が死んで もう散歩に行くこともなくなったから 空に近いところにしたのと彼女は言った 8階建ての古いアパルトマン ベランダの手摺はアール・デコ調の金属製で そこから見えるのは澄んだ湖と遥か遠くの青い山麓 そして晴れたり泣いたりする空だけ

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子供のころとても頻繁に保健室を訪れ 熱を測り 平熱だから大丈夫だと帰されていた 特定の授業でさぼっていたのではない どの科目もまんべんなく嫌いだったし苦手だった そして自分自身そのことに気がついていた 授業についていけていないということに どうにもならないというにも

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前髪が伸びてきたので美容院の予約を考えながら ふと 自分で切ったのはいつが最後だっただろうと思ったが思い出せなかった 女給を勤めていたころ 眉の上で切り揃えた髪を見て あの有名な女優のようだと褒めてくれたやさしい調理長 今度切るときは俺にやらせてと言ってきた総括のことは覚えているのに

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憂鬱な時代の夢を見ていた 色彩はあるのにすべてが白黒テレビの画像のように見えて 何もかもがソリッドであるのに触れることも掴むことも出来ない 雲のように

手に入らないこと それ自体が気持ちを高揚させる むしろ所有することは厄介なものなのだ 手間暇をかけて愛でるというのは簡単なことじゃない