1015

過ぎていった時代に追い縋るのも 思うようにならなかった世代を憎むのも 自由ではあるけれど ただそれだけのこと 青春を引きづり続けたまま生きても 他人を巻き込んで不幸にするのは傲慢だろう ましてや支配出来る弱いものだけを求めるなんて そんな 自分自身の傷を他人の肉で補うなよ 擦りへったらそれでお仕舞い

1014

背の高いダンディなシニア という言葉を体現したような人だった 半年ほど一緒に働き 退職のときには色紙も書いたのに 名前はもはや思い出せない 妻とは早くに死に別れたと話していた しかし浮いた話を聞いたことがない 黒い革靴はいつでも必ずぴかぴかに磨かれ 勤務中に着ていた白衣は実直な彼自身の仕事ぶりを表すかのように 折り目正しく白さが際立っていたということをふと思い出した 消毒液の匂い 指先が乾く

1012

悩むより聞くことが出来るならすみやかに訊ねること 面倒でも手間を惜しまず確認すること 何も言わなかったことで後悔してもぐちぐち言わないこと スムーズな取引はきもちいい あとは何色のマトリョーシカを買うかが問題 予算の範囲内で

1011

久しぶりに訪れた店がまるで違う店になっていた 階数を間違えたのかと思って もう一度上がったり 降ったりしたけど 正しかった もうその店は無かった 確かにここ数年新しいものが入荷されず品揃えは悪くなる一方で足が遠ざかっていたのだけど いつでも気軽に買いに行けると安心していたものだから 少し困ってしまう 常連客ではないし 店主が誰かも知らない 確かに同じような店は街中にあるし 取り立てて安いとか愛想が良かったのではないけれど なぜか少し特別な気がしていた でももう無いのだった ちなみに新しい店は僕の部屋の下にある薬局と同じ店がはいっていた

1010

むかし 友達とふたりで白い壁沿いの道を歩いていたとき ふいに門扉が現れ (ふいに というのは本当はおかしい その壁も入口も少なくとも100年以上前からあるのだから) なかには銀杏並木と一面金色に光り輝く落ち葉で埋め尽くされた砂利道がひろがっていた 底冷えの街を照らす午後の陽射しのしたで なにもかもが震えるように煌めいていた

わたしたちは息をのんで 呆然と立ち尽くしたまま そこへ足を踏み入れることは出来なかった もう二度とこちら側の世界へ戻れなくなるような気がしたからだ そんな馬鹿なことがあるはずはないのに それほどに美しかったのだ

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1009

「僕は親が不仲だったんだ」夏に出会った男はそう言った

わたしは河へ向かって石を投げた 丸くて平べったい石は水の上を2回跳ねてから沈んだ

「だから早く家を出て新しい家庭をつくりたかった」

 夕焼けが家屋の間を沈んでゆく 少し風も出てきたようだ

あたりにはもう投げやすい石は落ちていなかった

「じゃあなんで家に帰らないの」

「疲れてるんだ」

 

わたしはもう心底うんざりしていた 正直なところ彼が本音を話そうと話すまいとどうでも良かったし 肌寒くなってきた今では河べりから離れたかった

 

「はやく帰って寝た方がいいよ」

男が背後から覆いかぶさるように抱き着いてきたので そのままするりと腕を抜けてのり面へと駆け上がった 男は呆気にとられたような表情でこちらを見ている

「わたしもう帰る 明日1限から授業あるし宿題しなきゃ」

「駅まで送るよ」

 

こんなつまらないゲームを何度繰り返すんだろう どの選択肢を選んでもバッドエンドになるなんて

 

1008

食堂で昼ごはんを食べたあと そのまま図書室へ行き 宿題を片付けてしまった 一年前にはまるでわからなかったことが 今ではかなり理解できるようになったから あのひとがカフェで砂糖をたっぷりいれた珈琲を注文しているところを想像することだって出来るし 女の子を口説きさえもするだろう わたしが男の子の清潔なシーツに髪を落としながら 子守唄をうたうように

1007

黄色いコートが欲しい どこにいてもすぐに見つけてもらえるカナリアイエローの綿ツイルで縫われた 膝丈のAラインでシームポケットがちゃんと左右についているの 釦はそう 丸い脚付きの木製がいい 襟は少し大きめの丸いかたちをしていたら素敵 きっとわたしに似合うと思う それに赤いチェックの襟巻きをして 足元は110デニールの黒いタイツと革の編上靴を履こう 釦をしっかり留めるからなかは何を着てたっていいけど 寒くないようにしなくちゃね 雪の中でも 雑踏の中でも すぐに見つけてもらえる黄色いコート とても素敵な冬になる

1006

臆病で物臭で そのうえ慾深いのだ このまま許されるはずなんてない 肝が据わっていると言われても 物事を深く考えていないだけで 覚悟なんてものはない まだ何もやらかしてないし やらかしたいこともない ただ気ままに生きているだけで ああ!それでも税金はちゃんと納めているのだ 生きてるだけで丸儲けとはいえ 生きるのにはお金がかかる それだけで!