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砂浜と海の狭間で波に揺られていたら なんだか死んでしまったような気がして 空と水の色が溶けて泡立ち入道雲になってゆくのが見えた 畑には向日葵が並んで咲いている うちの玄関に飾ってあるのと同じ八重咲きの黄色い小ぶりの花 100年以上前に有名な阿蘭陀の画家が描いた絵の花に似た種類だといっていたっけ 鴎が飛んでいる 藤壺がびっしりついた波止場には錆びた舟が停留しているが 動かされているのか知らない 去年も 一昨年も 同じ場所にあるのを覚えているのは 舟に書かれた番号が祖父の生まれ年と同じだからなのだけど ここでは余所者なので何の関係はないのだった

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届いたばかりの本を読むのがなんだか惜しかったけれど やっぱり早く読みたくてページをめくると 10年前の友達がそこにいた ほんの少し年を取り 無精髭を生やしていたけれど 小綺麗な格好で 昔と変わらない様子だったのでとても嬉しかった 早くあの子にも知らせないと そう思ったのに 彼はもうこの世にいないのだ なんということだろう 作家の人生の三分の一も生きずに命を絶ってしまったなんて

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教会のなかは静かでひんやりとしていた 足音とひそひそ声が不快ではない程度に聞こえるその空間を表現するには まさしく静謐という言葉が相応しかった 石造りの床 壁 天井 そして石像 今は誰も触れることが出来ないパイプオルガン 調律するひとがきっといるのだろう 恐らくとても旧く 特別なときにしか演奏されることのない楽器を いまこの世界にあるすべてのピアノやオルガンと同じように調律するひとがいるのだろうと思うと 少しわくわくした
蝋燭を献灯して しばらくお祈りをした 願うことはいつも同じ ひとつだけ 火が消えないようなしながらどこかを往復しなくても良かった

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好きな鳥は?と聞かれて フラミンゴと答えたら え?あ〜そういうの〜 と笑われたけど あんなにピンクで 長い脚で片脚立ちして 意外と嘴と眼光が鋭くてステキな鳥なのに どういう鳥と言えば満足したんだろう 食べるなら鶏とか冗談をとばしたらよかったかな 別に面白くもないけど

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空の色が紫に燃えているのは 夏の青さと燃え上がる太陽が交じり合っているからなの 生まれたばかりの入道雲はすぐに大きくなり わんわんと泣き出す 大粒の雨に打たれた背の高い向日葵は風に吹かれて 折れて わたしの目線にまでその頭を垂れている 土に水が滲んでゆく匂い 残った陽射しの温度

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海へゆくのが楽しいのは今からなのに 夜は少しずつ長くなる 花火行かへんかぁ と言うので ふざけて 舟から見せてくれんねたら行くわ と答えたら 舟ちゃう 電車や ○○橋すぎる時電車の窓から見るのがええねん と言われた 確かによく見えるだろう 早く帰って桃を冷やして食べたいと思ったので 暗くなるのを待たずに帰った

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あの街へ行く理由がなくなって久しい 彼はまた戻ってきたけれど 会いにいく理由はない ひとを愛することに根拠や理由が必要とは思わないけれど それでも
衝動だけで走り出せた頃に出会えてよかった もう想い出でしかない 同じ時代 同じ世界で生きているとしても すっかり変わってしまった街の片隅で あのひとをもう 愛せない

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昨夜はクーラーをつけずに眠ったのだが 朝になると汗が滝のように流れ出し 布団のうえはずくずくに濡れていた まさか幼児のようにやらかしてしまったのかと思ったが 汗だった アラビアンナイトだってもう少し夜は涼しいだろう

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潔白ではない関係性を証明するための接吻 あなたがわたしを愛さないとき わたしはあなたを愛さないことは真か偽か 一度も心を込めた瞬間などなかったか 暗闇のなかで彼らは好きという 誰に向かって言っているの 不誠実な快楽を求めて でも純粋な欲望ってなに